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夏のシャワーと缶コーヒー。

学生時代のアルバイト先に、かっこいいおじさんがいた。

顔がよかった。声がよかった。センスもよく、話もおもしろかった。お名前こそ失念してしまったものの、おじさんと乗る配送トラック、流れる景色や煙草の煙、終わりのない馬鹿話は、なんだかとてもまぶしく思い出される。

おじさんにしばしば、買い出しに行かされた。弁当を買いに出たり、缶コーヒーを買いに出たり、それもぼくら学生バイト男子たちには、うれしいことだった。おじさんはどんな真夏の暑い日でも、ホットの缶コーヒーを飲んでいた。間違えて冷たい缶コーヒーを買ってくると、「それはお前にやるから」ともう100円渡されて、ホットの缶コーヒーを買いに行かされた。真夏に飲む、その缶コーヒーがやたらかっこよく映った。


暑い季節が苦手で、汗をかくのも嫌いなぼくは、いまギリギリの選択を迫られている。(シャワーではなく)お風呂の湯船に浸かること。そして冷たい缶コーヒーではなく、仕事中にちゃんと豆を挽いてホットコーヒーを淹れること。半年あまり続けてきたこの習慣が、気温と汗のせいでぐらぐら揺れはじめている。

ああ、そういえばおじさんであるぼくは、自分の家にはじめてシャワーがついた日のことを憶えているというか、いま思い出した。夏だった。学校から帰って母親に「シャワー浴びていい?」と聞く。湯船のお風呂は家族みんなのものだけれど、シャワーはぼくひとりのものだ。母親に了解をもらって、夕陽にもならないうちからシャワーを浴びる。水のように冷たいシャワーを、ざんざん浴びる。シャンプーなんかしない。せっけんも使わない。ただシャワーという自由を、全身に浴びるのだ。「気持ちいいー!」なんて叫びながら。

……って、いかんいかん。思い出していたら、夏のシャワーが恋しくなってきたじゃないか。今年の夏、ぼくは湯船とホットコーヒーで過ごしてみたいのだ。そういう、季節に流されないおじさんになってみたいのだ。

どうでもいい話ですみません。

明日か明後日には、大事な本の話を書きます。