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こんな話、するつもりじゃなかった。

きょうの note、犬の話でもしようかな。

そう思ったときのぼくは、書くことが浮かばずにいる。なんにも思いつかないけれど、犬の話だったらまあ、いくらでも書ける。読む人を不快にさせたり、自分がイライラしたりすることなく、さらっと書ける。ぼくにとっては「犬の話」「さっき食べた昼飯の話」「クラプトンやストーンズの話」などがそれにあたる。しばしば書いてしまう話ではあるものの、できるだけそこに流されないよう、気をつけている。せっかく書くのなら、その日なりの、自分なりの、発見があるなにかを書きたいのだ。


————


じつは取材を受ける人たちの気持ちも、これと似ている。

取材にやってきたライターさんがあきらかにつまらなかったり、力量不足と感じたとき、インタビュイーはさらっと「いつもの話」に切り替える。すでに何度もことばにしてきた、一定程度の拍手が担保された、よくいえば鉄板のネタを、ふつうにいえば「いつもの話」を語りだす。

「いつもの話」は、それなりにおもしろい。現場のやりとりも、スムーズに進む。ライターは「いい取材ができている」とよろこび、なんなら自分の腕が上がったんじゃないかとさえ、錯覚する。

ところが取材を終え、原稿をまとめる段になって「あれっ?」と気づく。おもしろかったはずの話が、あんなに気持ちよく流れたはずの会話が、どこか上滑りなのだ。海面をぱちゃぱちゃ泳いでいるばかりで、深まっていかないのだ。

けっきょくそれは取材の現場に「こんな話、するつもりじゃなかったのに」の瞬間が、なかったからである。現場に「発見」や「発明」がなかったとも言えるし、現場で誰ひとりとして頭を使っていなかった、鉄板ネタのテープレコーダーを再生していただけだった、と言い換えることもできる。


ぼくが毎日書いているこの note も、どこかに「こんな話、するつもりじゃなかったのに」が混ざることを願っている。

きょうの場合でいうと、まさに「こんな話、するつもりじゃなかったのに」ということばは、それに該当している。

椅子の上にも3円。
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ライター。バトンズ代表。著書・共著「嫌われる勇気」「古賀史健がまとめた糸井重里のこと。」「20歳の自分に受けさせたい文章講義」など。週日更新しています。http://www.batons.jp

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