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そのむかし、雑誌のライターだったころ。

なんの脈絡もなく思い出したエピソードを語る。

あれはぼくが雑誌ライターをやっていたころだから、すくなく見積もっても15年以上前の話である。当時ぼくは、経済雑誌を主な活動場所にしていた。いまだってそうだけれど、あのころのぼくに経済まわりの専門知識なんて、皆無に等しかった。

ちょうど松井証券が国内初のインターネット株取引を開始し、おおきな話題を呼んでいたころ。ある投資家の方に取材したときのやりとりである。

「ま、個人で投資をする場合は、最低限BSとPLくらいはおさえておかないといけませんよね」
「はぁー。情報源は衛星放送」
「えっ?」
「えっ?」

恥ずかしながらぼくは、貸借対照表(BS)ということばも損益計算書(PL)ということばも知らなかった。PLについては当然、KKコンビの母校だと思っていた。あれでよく経済雑誌の仕事がまわってきたものだ。


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いちばん窮地におちいったのは、外資系企業の日本法人CEOに取材したときのことだ。彼は日本に赴任したばかりのアメリカ人。秘書兼通訳の女性を介しての取材だった。

みんなそうだとは思うけれど、相手が英語であれこれしゃべっているときのぼくは、いくつかの単語を拾うことくらいだったらできる。

「〇○○○・オブ・ザ・ワールド、○○、○○○、ストップ・ザ・○○○、イッツ・ベリー・○○○○」みたいな感じだ。

そして拾えた単語がうれしくて、ついついそのつど頷いたり、「アーハーン?」なんて相づちを打ったりする。正直、海外旅行でそれをやって誤解を招いたり深刻な事態におちいったことは、ほとんどない。

しかしその取材において、あまりに流暢な相づちを打ちまくるぼくを見て、秘書さんが社長の英語を通訳してくれなくなったのだ。ぼくの(日本語による)質問は英訳するものの、向こうの英語はそのまま放置する。ヘルプミーのアイコンタクトを送ったところで、秘書さんは熱心にメモを取るばかりで目を合わせようとしてくれない。嫌われた? 俺、意地悪されてる? 流暢なアーハーンが鼻についた? ンーフーン?


ぼくはあの原稿、どうやって書き上げたのだろうか。けっきょくあのとき、「すみません。社長の英語まったくわかっていません。通訳してください」と言い出せなかったのだ、金髪のぼくは。


いや、知ったかぶりはよくないとかさ、「教えてください」が言える人間にならなきゃダメだよ、とかよく言われるけれど、ぼくはあの日あのとき、心からそれを痛感したのですよ。知ったかぶりだけは、もうできないんですよ。

郷に入ってはひろみに従え。
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ライター。バトンズ代表。著書・共著「嫌われる勇気」「古賀史健がまとめた糸井重里のこと。」「20歳の自分に受けさせたい文章講義」など。週日更新しています。http://www.batons.jp

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