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嘘をつきたくない、その理由。

ずいぶん長いことやってるなあ、と思う。

仕事のことだ。それも、なんだかんだで2年以上かかっている執筆中の本のことではなく、ライターという仕事そのものの話だ。あらゆる記念日や大事な人の誕生日を忘れてしまうぼくだけれど、ライターの仕事に就いた年はよく憶えている。1997年、第一回のフジロックが開催された年の秋に、ぼくはライターの職を得た(そして翌年、第二回のフジロックを終えた直後の夏、会社を辞めてフリーランスになった)。

フリーランスになって半年ほど経ったころ、なにかの記事で「人間の細胞は90日でターンオーバーする」的な話を読んだ。脳の神経細胞は生まれ変わらないけれど、全身の細胞は90日周期で生まれ変わる、との話だった。医学的な根拠を調べてみるとずいぶん怪しい俗説だったのだけど、ぼくは「これはおもしろい」と思った。考えかたのひとつとして、全然アリだと思った。

当時のぼくは、仕事がまるでなかった。いちおうはフリーライターを名乗っているものの、こんなのただの無職じゃねえか、と自分を蔑んでいた。会社を辞めてからの半年間で、5キロ以上痩せた。「どうすんだよお前」と親戚のおじさん目線でおのれの境遇を笑っていた。

けれども「人間の細胞は90日で生まれ変わる説」に触れたとき、はじめて自分に自信を持つことができた。

少なくともおれは半年以上、(会社からのお給料ではなく)原稿料でメシを食っている。滞納することなく家賃を払い、光熱費も払っている。180日以上だ。だから、いまの「おれ」を構成している細胞は、つまり「おれ」という人間は、原稿料でできているんだ。おれは、おれの書いた文章でできているんだ。

俗説に基づいた無茶苦茶な理屈ながら、そう思った途端、全身から力が湧いてきた。痩せっぽちの「おれ」が、誇らしく思えてきた。


で、さすがにもう20年以上フリーでやってるわけだから、俗説でもなんでもなく、事実として「おれは、おれの書いた文章でできている」んだろうな、と思ったわけです。誇らしいというより、少しおそろしいこととして。一歩間違うとそれって「おれは、嘘でできている」ですからね。自分の書くものについて、嘘はなるべく避けたいです。混じるのが避けられないとしても。