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たっぷり息を吸い込んで。

うすうす知っている、という言いまわしがある。

語義から考えるとこれは「ぼんやりと知っている」状態を指すことばだけども、多くの場合「ほんとうはバッチリ知っているのに、よくわからないふりをして他人や自分をごまかしている」状態のとき、使われる。

たとえば、そう。ぼくはうすうすながら知っていた。現在の自分が過去最高に太っているだろうことを。

旅先のお風呂、その脱衣所に体重計を見つけたときに人は、なぜかおもむろに体重測定してしまう。自宅の体重計は埃をかぶっているような人間、つまりぼくみたいな人間でもなぜか、旅先の脱衣所の体重計には乗る。箱を見つけた猫のように自然と、そこに収まってしまう。

月曜から旅行に出ていたぼくは、およそ一年ぶりにおのれの体重を知った。予想していた「最悪の事態」こそ避けられたものの、けっこうショッキングな数字が液晶画面に表示されていた。「痩せなきゃなあ」と息を吸い込む自分と、「そういう年齢だもんなあ」と息を吐き出す自分がいた。どちらかというと後者のほうがつよく、それはため息だった。


そういえばむかしのぼくは、本を一冊書くたびに3キロ痩せていた。「それだけエネルギーを使っているんだ! 脳を働かせているんだ!」と心密かに興奮したこともあったのだけど、よく考えてみたら締切間際の一週間ほど、絶食しているだけだった。食えば眠くなり、眠るわけには到底いかず、空腹をごまかすためにひたすら氷砂糖を舐めながら書く、みたいなセブンデイズが続いた結果、体重が落ちているだけなのだ。

旅行の効果は脱衣所の体重計だけではない。もうあんな働きかたをするつもりはないけれど、腕まくりするくらいに仕事への意欲が高まってきている。次にこういう感じの旅行をするのは秋(もう宿も予約済み)だ。たっぷり息を吸い込んで、秋までぶんぶん走り抜こう。