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スポーツ界のスティーブ・ジョブズ

早いもので、ぼくはもう20年近く、ビジネス雑誌やらビジネス書やらの界隈で原稿を書く仕事をしている。

原稿のなかで伝える誰かのメッセージ、その核にあるものは、いまもむかしもあんまり変わらない。「リーダーはかくあるべし」とか、「20代のうちはこんなふうに働こう」とか、「仕事とはこういうものなのだ」とか、そのへんは流行のキーワードこそあれ、そう易々と変わるものではない。

日々刻々と変わるよなあ、と思うのが、たとえ話のあり方だ。

ぼくがこの仕事をはじめたとき、ビジネスマン向けの原稿には、まだまだONが登場する余地があった。「現役時代の長嶋茂雄は、あえて大きめのヘルメットをかぶり〜」とか、「王貞治が一本足打法を生み出したのは〜」とか、そんな事例を引っぱり出して、「だからあなたもこうするべきだ」みたいな話をする。長嶋さんも王さんもとっくに現役を引退していたけれど、ONのおふたりは、いまだ強い説得力を持つ「あの人はこうしている」の事例だった。

当時はまだ、サッカー選手をたとえに出すのはむずかしかった。みんなが知らない、というのもあったけど、それ以上にまだまだ尊敬の対象ではなかった。「カズはこうしている」とか、「ラモスはこうだ」みたいな話は、雑学以上の説得力を持ちえなかった。

そこにようやく現れた「あの人」が、中田英寿さんだった。ただし中田さんの場合は、プレーヤーとしての「あの人はこうしている」ではなく、人生戦略的な意味での「あの人はこうしている」の事例だった。若いうちから世界を意識して語学の習得に励んだとか、いち早くオフィシャルサイトを立ち上げ、マスメディアを介さずファンと直接つながったとか、そんな話だ。

あるいは、野球の野村克也監督やサッカー日本代表のオシム監督なども、しばしば原稿に登場した。野茂英雄さんや桑田真澄さんが登場したこともある。

そんななか、唯一の例外としてこの20年間ずっと「あの人はこうしている」の事例として説得力を持ち続けているスポーツ選手がいる。


イチロー選手だ。

たぶん、きょうこれから書店に足を運んで、数多のビジネス書をパラパラめくっていくと、何冊もの本に「あのイチロー選手もこうしている」みたいな事例が書かれているだろう。なんならぼくも、今後またイチロー選手を引き合いに出しながらなにかを語ろうとするかもしれない。

なんというか、この汎用性はスティーブ・ジョブズに匹敵する。よくも悪くもビジネス書の世界には「ジョブズを引き合いに出しておけば収まりがつく」みたいな風潮があるけれど、それとまったく同じことがイチロー選手にもいえるのだ。

スポーツ界のスティーブ・ジョブズ。そう思ってイチロー選手を眺めていると、またいろんな発見があるかもしれない。