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「関係ねーし」の避難場所。

あの人は、常務だったのか専務だったのか。

メガネ屋さんで働いていたとき、全国の社員から恐れられた常務(もしくは専務)がいた。彼はいきなり店舗にやってきた。そして定められたマニュアルが守られているか厳しくチェックし、ひとつでも違反があれば叱責した。株式上場に向けて富士銀行から三顧の礼で迎えられた彼の目標は、「うちの全社員が日経新聞を読むようになること」だった。それが実現したとき、この会社は生まれ変わる、と力説していた。

もちろん新卒のメガネ店員だったぼくは日経新聞なんて読んだこともなかったし、彼のことばを「読むわけねーじゃん」と聞き流した。「関係ねーし」としか思えなかった。


それでいま、ぼくは日経新聞を読んでいる。電子版ではあるものの、なんだかんだで毎朝ちゃんと読んでいる。ほかの新聞と比較して「こういうところは日経だなあ」と思ってみたり、特集記事によろこんでみたりしている。あのとき「関係ねーし」と笑い飛ばしたバカボンが、いかにも「関係ありそうな顔」で読んでいるのだ。

それはそれでいいことなんだろうけれど、あのときの「関係ねーし」って、じつは真理なのかもしれない、と思うことがある。アップルの株価がどうしただとか、アマゾンの事業戦略がどうだとか、イーロン・マスクの新ビジネスの行方はどうなるだとか、そういう大きな話をいかにも自分ごとのように受け止めてしまいがちだけど、ほんとのほんとは「関係ねーし」なんだよなあ、と思う。少なくともぼくの場合は。


いやね、こころのどこかに「関係ねーし」の避難場所を持っておかないと、人生いろいろ大変すぎると思うんですよ。日経新聞の話は比喩として。

というか、なんにもしてないのに疲れちゃって、なんにもできないままなにかをやった気になっちゃうんじゃないのかな。いろんなことに「関係ある」を前提に生きていると。

定期的にやってくるSNS疲れ、メディア疲れ、なんでしょう。

ちょっとだけ意識的に「関係ねーし」の期間を設けたいと思っています。

鬼にカネボウ。
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ライター。バトンズ代表。著書・共著「嫌われる勇気」「古賀史健がまとめた糸井重里のこと。」「20歳の自分に受けさせたい文章講義」など。週日更新しています。http://www.batons.jp

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