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君たちの日がくる前に。

明日、2020年6月30日がやってくる。

2012年に瀧本哲史さんが若い人たちに「8年後のきょう、またここで会いましょう。宿題の答え合わせをしましょう」と呼びかけたその日が明日、やってくる。2012年といえば、おお。ぼくがデビュー作『20歳の自分に受けさせたい文章講義』を出した年だ。無理やりにこじつけるならば今年、ぼくも8年目の宿題となる本を出版しようとしている。8年は長い。ものすごく、長い。

瀧本哲史さんは小学4年生のころ、吉野源三郎の『君たちはどう生きるか』を読んだのだという。

ぼくは瀧本さんのことを過度に美化したり物語化してはいけないと思っているのだけれど、それでもやはり、瀧本哲史という人の「その後」を決めたのは、9歳だか10歳だかの瀧本少年が読んだ『君たちはどう生きるか』だったのではないかと思っている。

一緒に『ミライの授業』という本をつくるにあたっても、「現代版の『君たちはどう生きるか』にしましょう」とのコンセプトは明確にされていたし、いろんな場でいろんな人たちにこの本を奨めていた。いや、それ以上に瀧本さんは、一貫して「君たちはどう生きるか」の問いを投げかけていた。

で、思うのだ。

たしかに人には「人生を変えた一冊」のようなものが存在する。座右の書、みたいな本は人それぞれにある。

ただし、ここで「人生を変えた」のはすばらしい本を書いた筆者ではなく、それを読んだ読者その人なのだ。読者が自分で、自分の人生を変えたのだ。変える一足を踏み出したのだ。——瀧本さんと『君たちはどう生きるか』の関係を考えると、ついそんな熱いことを思ってしまう。

おそらく今後、6月30日という日付は、瀧本さんのご命日以上に瀧本さんを象徴する数字になるだろう。それはなんだか、とても瀧本さんらしい。

自分の日ではなく、「君たち」の日なのだ、明日の6月30日は。