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スポーツをやっててよかったこと。

高校時代、サッカー部だった。

ぼくの代ではたまたま優勝したものの、それ以外の年は県大会で毎回ベスト8にとどまる、中堅どころのチームだった。とはいえ毎日あほみたいに練習していたし、休日は盆と正月の2日しかなかった。フィールドの格闘技なんて呼び名もあるサッカーだ。レギュラー陣はたいていどこかに故障を抱えていた。ぼくとて腰と膝と足首を痛め、月に2度のペースで整骨院に通っていた。足首の怪我はわりと深刻なもので、完治することはおろか全盛期の6割にも満たない回復しか果たせなかった(個人的実感値)。

高校生の自分は不思議だった。中堅どころのチームで、控えメンバーでしかない自分でさえ、これだけの怪我を負っている。これがトップクラスのチームだったらどうなるんだろうか。

全国大会を前に一度だけ、全国トップクラスの高校との練習試合に臨む機会があった。鹿児島実業高校、通称「鹿実」である。その代の鹿実は、3年生に前園真聖さんがいて、1年生に城彰二さんがいた。「鹿実のマエゾノ」は全国にその名を轟かせる「未来の日本代表候補」だった。おお、ついにおれたちもマエゾノと試合ができるのか。ぼくらは興奮していた。

ありえないくらいの豪雨のなか、うちの高校のグラウンドで練習試合はおこなわれた。季節はたぶん、11月くらいだ。「マエゾノ」は身長こそぼくとさほど変わらないものの、身体の分厚さがぜんぜん違う選手だった。豪雨のせいで曲芸的なテクニックを披露できない代わりに、猪突猛進なパワーでこちらを圧倒した。

ただし「マエゾノ」は前半で交代。グラウンドの脇でユニホームを脱ぐと、彼の腰には古タイヤのチューブがぐるぐるに巻き付けられていた。膝の具合も悪そうだし、満身創痍を絵に描いたような姿だったのを鮮烈におぼえている。そうだよな。ウチなんかとは比べものにならないくらいハードな練習をやって、ハードな連中とハードな試合をこなしているはずだもんな。そりゃ身体も壊れるよな。ぼくはひとり納得した。

やがてぼくが大学生のころ、Jリーグが開幕する。三浦知良さん、ラモス瑠偉さん、柱谷哲二さん、さまざまな選手が活躍する。あの「マエゾノ」はまだ、一軍デビューもままならないぺーぺーだ。線が細いとか、体力がないとか、若いんだからがむしゃらにやれとか言われる高卒ルーキーだ。

いやいやちょっと、どうなってんの?

あの「マエゾノ」がまだ、レギュラーになれないのは別にかまわない。なんといってもプロリーグだ。それくらい壁が厚くないとこちらが困る。でも、ぼくがまったく理解できなかったのが、カズやラモスの怪我である。あんたたち、腰や膝や足首は大丈夫なの? 「マエゾノ」なんて高校時代から満身創痍だったよ。いや、このおれでさえ、足首はおかしいままだし膝の痛みで天気予報できるよ。

もちろん大丈夫な訳がない。ぼくや、高校時代の「マエゾノ」以上に深刻な故障を抱え、それでもあれだけのパフォーマンスを発揮しているのだ。


えーと、なんの話がしたかったかというとね。

すべてのアスリートたちが常になんらかの故障を抱えながらプレーしているように、仕事や人生もなんらかの不安や不満やトラブルやを抱えながらやっていくしかなくって、つまりこの霧が晴れることは永遠になくって、けれどもそれはニヒリスティックな態度ではなく、むしろ「ほんとうの試合」に臨んでいることの証拠でもあるんだと、スポーツの世界を見てると思うんですよ。県大会レベルとはいえ本気でスポーツやっててよかったなあ、本気でやってたからこそ、この視点が手に入ったんだもんなあ、と。