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もうちょっと、おもしろくするために。

もうちょっと、おもしろくなるんじゃないか。

原稿を書いているとき、何度となくじぶんに問いかけることばである。いまのままでも決して間違いではない。むしろコンパクトに、うまいことまとめているとも言える。だけどもうちょっと、おもしろくなるんじゃないか。おもしろくできるんじゃないか。そうする必要が、あるんじゃないか。

むかしはこれ、技術の問題だと思っていた。技術的に未熟なところがあるため、おもしろの天井にぶつかってしまうのだと思っていた。しかし、それは枝葉の問題だ。けっきょくおもしろい原稿を書けるのは、「おもしろい人」なのであって、そこは技術でカバーできるものではない。むしろ技巧に走ることによって「おもしろ」から遠ざかってしまうこともある。そんな身も蓋もない結論で、しばらくじぶんを納得させていた。

で、その答えが間違っているとは思わないのだけど、最近になってひとつ、気づいたことがある。


「もうちょっと、おもしろくなるんじゃないか」の問いが、いけないのだ。


ほんとうに投げかけるべき問いは、「もうちょっと、おもしろかったんじゃないか」なのだ。


たとえば誰かに取材する。その内容を原稿にまとめる。けれどもいまいち、おもしろくならない。ここで「もうちょっと、おもしろくなるんじゃないか」と考えても、試行錯誤しても、要は技巧に走るだけだ。たいせつなのは「もうちょっと、おもしろかったんじゃないか」。あの人のことばは、思想は、キャラクターは、あの現場に流れていた空気は、もっとおもしろかったんじゃないか。その問いに真摯に向き合えたとき、ようやくほんとうの「おもしろ」が見えてくるような気がする。

けっきょく「おもしろい人」は、「その対象を誰よりもおもしろがれる人」ということになる。それだったらちょっと、鍛えていくこともできるんじゃないか。日々の生き方、暮らし方に、なにかの指針を設けることができるんじゃないか。

そんなふうに思っている。

毒を食らわばサラダで。
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ライター。バトンズ代表。著書・共著「嫌われる勇気」「古賀史健がまとめた糸井重里のこと。」「20歳の自分に受けさせたい文章講義」など。週日更新しています。http://www.batons.jp

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