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30年越しのこんにちは。

予約していたディスクが届いた。

1990年に公開された、桑田佳祐さん最初で最後の監督作『稲村ジェーン』。公式サイトによると、当時350万人の観客を動員したのだという。たしかにあのころ、テレビでは散々宣伝していたし、プロモーションのために桑田さんも多くの番組に出演していた。ぼくのまわりでも、たくさんの友人知人が映画館に足を運んだ。

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(ああ、もう英語フォントが完全に「あのころの桑田さん」だ)

いまでこそ押しも押されぬ国民的バンドだとされるサザンオールスターズだけれども、バンドブームの大嵐が吹き荒れていた当時、音楽好きを自称するティーンエイジャーにとって彼らの大ファンであることを公表するのは、なかなか勇気のいることだった。

まわりがブルーハーツだ、BOOWYだ、ユニコーンだ、いやいや、やっぱりキヨシローだと盛り上がっている隣で「サザン」の三文字を挙げる、その苦しさ。「ああ、お前は『そっち』なのね」と、その輪に入れてもらえなくなる切なさ。ロックを解さない者として扱われるもどかしさ。なんというか、「シリアスじゃないロック」を奏でる彼らのファンであり続けることはこのころ、ほんとうにむつかしいものだった。隠れキリシタンのように、大大大大ファンだった。

で、『稲村ジェーン』。

ファンとして公開初日にでも直行するはずのこの映画を、ぼくは観に行けなかった。あまりの悪評に、怖じ気づいてしまったのだ。たとえばプロモーションで桑田さんが「NEWS23」に出演する。キャスターの筑紫哲也さんが、「いやぁー、試写会を観たあと、そのままサントラ買っちゃいましたよ」とその感想を語る。「Ryu's Bar」に出演すると(ご本人も映画を撮っていた)村上龍さんが「やっぱり桑田佳祐の曲をこれだけ使えるのは、ずるいよねえ」と感想を語る。一事が万事そんな感じで、映画そのものを褒めている人が、ほとんど見当たらなかった。

ああ、映画好きでもあるおれは、この映画を観てしまったら桑田さんのことを好きと言えなくなってしまうかもしれない。「好き」の場所に居続けるためにぼくは、がんばってこの映画を無視したのだ。


で、あれから30年あまり。

もう、この映画が映画としてどんな出来であったとしてもぼくは、まったく揺らがない自信を持っている。だって、これを撮ったときの桑田さん、34歳だよ? そんで『真夏の果実』だの『希望の轍』だのといった大名曲をこの映画のためにつくって、音楽映画をつくりきったんだもの。とんでもない偉業ですよ、それは。このさき、誰がなんと言おうとぼくは彼らのファンであるはずだしね。


とりあえず近々、30年越しの「こんにちは」をやろうと思います。