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ライフラインを守るために。

10年ひとむかしとは、よく言ったものである。

むかしの話をしようとするとき、つい「10年くらい前のことなんだけどさ」と言いはじめる自分がいる。しかしながら実際に指を折って数えてみると、そのエピソードは15年や20年ほど前のことだったりする。これは完全に体内時計がズレてきている証拠で、たとえば20歳にとっての10年前はどう考えても「ずいぶん前」なのだけれども、ぼくみたいな年齢にとっての10年前は、案外「つい最近」なのだ。

つまり、ずいぶん前の記憶を語りたいのなら、「10年くらい前」なんて言ってないで「15年か20年くらい前のことなんだけどさ」からはじめないといけないのである。

というわけで、15年か20年くらい前のこと。取材のお相手や内容から想像するに、たぶん20年くらい前のこと。

とある超大手ポータルサイトの総責任者、みたいな方にインタビューした。当時、インターネット界隈のトレンドワードは「ブロードバンド」だった。ISDN、ADSLと進んできた家庭用ネット回線が、ついに光ファイバー接続(FTTH)になる。回線速度がべらぼうに速くなり、動画や音声などの大容量コンテンツを思う存分たのしむ時代がやってくる。そんな時代だった。企業の公式ウェブサイトも、いわゆるウェブマガジンやネットメディアも、競うようにリッチ・コンテンツ化をめざしていた。

他方、その超大手ポータルサイトのトップページは、あまりにもしょぼい。テキストがずらずら並ぶばかりで、いかにも古めかしい。これからやってくる本格ブロードバンド時代、あなた方のサイトも大幅リニューアルを経て、すげえコンテンツを提供するリッチなページになっていくのではないか。と、そんな意味のことをぼくは質問した。

「いえ。まったく考えていません」

即答である。総責任者の方は、事もなげに否定した。なぜか。

「私どもは『情報』をライフラインのひとつだと考えています。そして生活に欠かせないライフラインであるかぎり、ブロードバンド化の進んだ一部のご家庭に合わせて自分たちの姿を変えることなどできません。回線速度の遅い端末からもアクセスしていただけるものにしておかなければ、真のライフラインたりえないし、ポータルサイトとしての役割も果たせないのです」

なるほどなあ、と声に出して納得したのをおぼえている。なんだかその言葉は、IT企業の偉い人というよりも、それこそヘルメットをかぶった電力会社の人による発言のように聞こえたのだ。


震災のときにも、covid-19でも、情報はライフラインだった。そして現在もやはり、情報はライフラインなのだと強く感じている。いわゆる「報道」に携わるわけではないぼくのような人間にも、ライフライン思考は大切なものだ。嘘も、ヘイトも、罵詈雑言も、さまざまのハラスメントも、ライフラインという言葉を手がかりに考えればその悪質さがよくわかる。それらを発信することは、水道管に毒を流すようなことなのだ。