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向き合うべきか、背中を見せるべきか。

すこし前から、One on One って流行ってるじゃないですか。

そう、ホール&オーツが1982年に発表したソウルバラードの傑作で……というのは鉄板のおじさんネタとして、組織内における1対1の個人面談。ね、上司と部下がおそらく個室で、机をはさんで向き合って、いろいろと話をする。上司から部下へ指導をおこなう場ではなく、部下の気持ちだったり、希望だったり、悩みだったり、これからの目標だったりを聴いていく場。まじめに調べたことがないので当てずっぽうだけど、たぶんそういうことなんだろうと思うんです。

そういう個人面談そのものは大事な機会と思うし、そのうちバトンズでもやってみようかなあ、なんて考えているのですが、それとは別に。

こう、学校教育とか人材育成とか、そういう場における「向き合うこと」の意味をちょっと、考えることがあるんです。


きっかけとなったのは、吉本隆明さんが学校教育のありかたについて語っていたことば。まず、学校という場に流れる「偽の厳粛さ」を吉本さんは指摘します。

 不登校について考える時にぼくがいつも思い出すのは、子どもの頃、教室に流れていた嘘っぱちの空気です。偽の真面目さ、偽の優等生、偽の品行方正——先生が求めているのは、しょせんそういったもので、見かけ上だけ、建前だけ申し分のない生徒でいればそれでいいのです。
 生徒のほうも小学校高学年くらいになるとよくわかっていて、「それに合わせればいいんだろう」と思って振る舞っている。
 ぼくはそれを「偽の厳粛さ」と呼んでいますが、とにかく先生と生徒の両方で嘘をつきあって、それで表面上は何事もなくうまくいっているような顔をしているという、そういう空気がたまらなく嫌でした。

『ひきこもれ』吉本隆明

そして、「教師はもっと生徒に向き合うべきだ」という(一見すると至極まっとうな)考えに異を唱えます。

「とにかく教師は生徒に向き合うべきだ」という考えには、子どもを「指導」してやろうという、プロを自任する教師の、ある種思いあがった気持ちがあります。

同上

じゃあ、教師はどうあるべきか。生徒に対して、どのような態度で接すればいいのか。吉本さんの答えはシンプルです。

 先生は黒板に向かって数式を書いたり、文法を説明したりして、授業をきちんとこなしてくれればそれでいい。生徒にいつも背中を見せていればたくさんなのです。

同上

 毎日後ろ姿を見ているだけで、子どもはいい先生を見抜きます。自分の好きな先生を見つけて、勝手に影響を受けていくのです。

同上

ただ黒板と向き合うこと。文字どおりに、背中を見せること。「いい先生」の仮面をかぶってすり寄る(向き合う)よりも、それが大事だというわけです。ぼくはこの話に、ずいぶんな影響を受けました。


それで最近、こんな動画を見つけました。先日現役引退を発表した、元サッカー日本代表のキャプテン、長谷部誠さんのインタビューです。

これは地元サポーターからの質問に(ドイツ語で)答える企画なのですが、「どうすればピッチ上、そしてピッチ外でいいリーダーになれますか?」との質問に対して、長谷部さんはこんなふうに答えるんですね。表現を整えながら、文字に起こします。

「僕の意見としては、リーダーは多くを語ったり、チームメイトとたくさんしゃべる必要はありません。日本では『リーダーは背中を見せろ』と言われます。ピッチでの練習前、僕がジムに入ってコンディショニングのトレーニングをしていると、若い選手たちはそれを真似します。リーダーは口だけの存在になってはいけません。シンプルにそれをやってみせることが大切なのです。自分がやってみせること、それがリーダーの仕事です」


なーんか、「背中で教える」とか「背中を見せろ」とか、いかにも前時代的な話に聞こえるけどさ、背中を見せているようでこれは「自分のまなざし」を見せているわけですよね。おれは真剣にこれ(たとえば黒板)を見ている、きみらも同じ真剣さでこれを見てくれよな、って。

そういう「おれの真剣」は大事にしたいなー、と思っています。


ところでホール&オーツの One on One って、ほんとにかっこいい曲ですよね。シーロー・グリーンと演ってるこのビデオも最高です。