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可能性は、ふたつあります。

十返舎一九に『東海道中膝栗毛』という作品がある。

読んだことはない。しかしそれが弥次さん・喜多さんを主人公とする紀行物の滑稽本であることは知っている。さらにまた「膝栗毛」が(栗毛に代表される)馬に頼らず、おのれの脚(膝)で旅をする、という意味であることも知っている。膝に栗色の毛が生える怪談話ではないのだ。

先週末からどうも、膝が痛かった。

歩いていると、左の膝関節がカクンと逆に入ることが何度か続き、やがて平時にも痛むようになり、きのうの朝には武藤敬司のような歩き方になってしまった。身体の異常を不安に思う者の常としてGoogle検索すると、不調をGoogle検索した者の常として、よからぬ大病がヒットする。念のため病院にかかったほうがよい、できるだけ早く病院にかかったほうがよい、と念押しされる。そりゃあ突き指だって「念のため病院にかかったほうがよい」だろうし、風邪だって「できるだけ早く病院にかかったほうがよい」だ。もしもの可能性を排除できないかぎりにおいては。

それで仕方がない。今朝、病院に行ってみた。

簡単に症状を説明すると担当のお医者さんは「あー。その症状ね」みたいな反応を示す。「それじゃ、このあたりが痛むでしょ?」と、患部中の患部と呼ぶべき箇所を言い当てる。「じゃあ、ちょっとレントゲン何枚か撮ってみましょう」。

ひんやりとしたレントゲン室に案内される。寒いなあ。なんかレントゲン室って、独特の圧迫感があるよなあ。ああ、そうか。窓がないから寒いし、圧迫感があるのか。陽の光が入るレントゲン室なんてないもんなあ。

思っているうちに撮影終了。10分ほど待合室でスマホをいじっていると、ふたたび診察室に呼ばれた。

「えーとね。可能性は、ふたつあります」

「はい」

「ひとつは、半月板損傷。膝の関節のあいだに入ってる、半月板っていう軟骨みたいなやつが痛んでる状態ね」

担当医は、机のうえに置かれていた膝関節の骨格モデルを動かしながら説明する。

「ただし、半月板はレントゲンに写らないから確実なことは言えません。もし痛みや膝の違和感が何週間も続くようなら、半月板損傷の疑いが高い。その場合には提携している○○○病院さんでMRIを撮ってもらうことになります。MRIなら半月板も写りますから」

「はい」

「それでもうひとつの可能性」

ごくり。やや神妙な担当医の表情に、ぼくはつばを飲んだ。



「老化です」
「えっ?」



食い気味に驚いた。

「ま、関節も老化するし、膝まわりの筋肉も衰えますからね。ほら、ここのあたりが……」

担当医の説明が、それ以上耳に入ってこなかった。かろうじて、彼が実演してくれた「膝に負担をかけないハーフスクワットのやり方」だけを憶えて、診察室を後にした。

3週間分の痛み止めをもらった。飲み続けた3週間後、まだ痛みがあるようだったら半月板損傷の可能性を考え、MRI検査なのだという。

半月板損傷はいやだ。けれども老化は、もっといやだ。病名でも症状名でもないよ、そんなの。

以上、アラフィフ男の滑稽話である。