ランチタイムの熱弁。
「いま、5分だけ電話いいですか?」
LINEの画面に表示されたメッセージ。昼食をとろうと、ぼくは定食屋に入って注文をすませたばかりだった。チーズハンバーグ定食を頼んだところだった。5分の要件だったら、いいだろう。料理が運ばれてくるまでのあいだ、彼の話を聞こう。ぼくはそのまま、LINEの通話ボタンを押した。
「いや、ほぼ日の『カレーの恩返しカレー』なんですけど」
電話に出るやいなや、彼は語り出す。
「めっちゃくちゃおいしいじゃないですか! 別添のスパイスがあるとはいえ、どうやったらレトルトであんなに香り立つんですか!」
なかば怒るように、彼は語る。自分がその第一発見者になれなかったことがくやしいのかもしれない。あるいは、この味と香りの秘密を解き明かせていない自分が、歯がゆいのかもしれない。「ね? おいしいでしょ?」なんて返事をしつつも、この電話が5分で終わりっこないことをぼくは覚悟する。ハンバーグの到着が遅れることを期待する。
散々カレーを称賛した彼は、やがて商品パッケージのすばらしさについて、熱弁を振るいだす。
「裏面の説明書きが、もう、すばらしすぎますね、これは」
大勢の人とこのカレーについて語り合ってきたけれど、ここをピンポイントで指摘してきたのは、彼がはじめてだった。
「カレーの恩返しカレー」は、フライパンでの調理が推奨されている。おおきな文字で「あたためは、ぜひフライパンで。」と書かれている。
しかし、つくりかたを記載する欄では、湯煎と電子レンジでのつくりかたについてもちゃんと説明されている。彼がおどろいたのは、それぞれに添えられたことばだ。
・おすすめ フライパンご使用の場合
・おなじみ お湯であたためる場合
・そして 電子レンジご使用の場合
「ここに『おなじみ』って入れるの、すごくないですか? 『そして』って続けるの、すごくないですか? フライパンをつよくおすすめしておきながら、湯煎もぜんぜん否定してないんですよ。電子レンジも否定してないんですよ。否定してないっていうか、下に見てないんですよ」
やがて(わさびが苦手な)彼は、寿司屋でサビ抜きの寿司を注文した際に感じる大将の蔑みについて、呪詛のことばを語り出す。下戸でもある彼はサビ抜きの寿司に加えてソフトドリンクを注文する。ときにはコーラを注文することさえ、ある。食通気取りに話題で、客筋が悪く、いい値段をとる寿司屋にかぎって、「サビ抜き+ソフトドリンク」への蔑みは激しくなるのだという。
十分に呪詛のことばを吐き出しきった彼は、幡野広志さん『ぼくたちが選べなかったことを、選びなおすために。』のすばらしさを語りだし、「カレーの恩返しカレー」パッケージとの共通項を語りだす。10分ほど前に運ばれてきたチーズハンバーグが、目の前でみるみる冷めていく。
時間にしてたぶん30分近く、思う存分に語りきった彼は、かるく原稿を催促することばを述べたあと、かなり自分のタイミングで電話を切った。チーズハンバーグは、かちかちになっていた。
彼の名前を、柿内芳文という。