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編集の設計図。

長い人生、いいこともあれば、わるいこともある。

いろんなところで、よく聞くことばだ。しかし、ほんとうに落ち込んでいるとき、そんなふうに声をかけられても、あんまりなぐさめにはならない。まるで過去の「いいこと」とのトレードオフで現在の「わるいこと」が起こっているような、それを甘受せよと責められているような、そんな気分にさえなってくる。

一方、ことばの順番を入れ替えて「わるいこともあれば、いいこともある」とした場合、受け止めかたは少しだけ違ってくる。トータルとしては同じことを語っていながら、どこかその先に光があるような、このままでは終わらないような、希望めいたものを感じることができる。


ものすごく簡単にいうと、これが「編集」の原点なのだと思う。

誰が、なにを、どう語るか、という3つの軸があったとした場合、「その対象をどんな順番で語っていくか」の設計こそが、編集なのだ。退屈でおもしろみに欠ける文章は、語られている内容(素材)に問題があるのではなく、建築物としての設計そのものに問題があるのだ。

では、そこでの設計には、どんなルールがあるのか。


……とかなんとか考えて、自分なりの「設計図の設計図」をつくりたいなあ、いつかそれを本にしたいなあ、と思っていたのだけど、今日ある方のお話を聞いて、あんまり「型」として固定化させるのもよくないような気がしてきた。


うーん。このへんも中長期的な自分の課題だなあ。言語化できるギリギリのところまでは言語化してみたい欲があるのだけど、そうやってひねり出したことばの多くは都合のよい嘘にもなっちゃうからなあ。

教祖猫を噛む。
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ライター。バトンズ代表。著書・共著「嫌われる勇気」「古賀史健がまとめた糸井重里のこと。」「20歳の自分に受けさせたい文章講義」など。週日更新しています。http://www.batons.jp

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