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常連客になりたかった。

行きつけのお店をつくるようになった。

月に一回、かならずそのお店に行く。翌月の予約を取ってから、会計をすませる。そういうお店をいま、三軒つくっている。会社の近くで一軒、自宅近くで二軒。ありがたいことに飽きる様子はない。むしろカレンダーに記された予定が、いい感じのたのしみになったり、区切りになったりしている。

二十代のころ、神楽坂に住んでいた。これだけたくさんのお店があるのだから、どこかの常連になろうと心に誓った。しかしながら毎晩飲み歩くほどのお金も時間もなく、いちばんの常連客となったのはパチンコ店の裏にあったラーメン屋だった。そのラーメン屋も、コロナ禍のあおりを受けていまはもうない。

もうひとつ、ここの常連になろうと決めたのは焼酎バーを名乗る地下のお店だった。全国の焼酎や泡盛を提供する薄暗いバーで、出張で東京に来たおじさん客の多い店だった。何度か通っているうち、マスターが「メニューにない料理」を提供すると言い出した。焼酎で煮込んだという豚の角煮を用いた、まかない用のカレーだった。

焼酎バーで〆に食べる、まかない用のカレー。おれもおとなになったなあ。ずいぶん遠いところまで来たもんだなあ。以降毎回、ぼくはそのカレーを頼むようになった。「うちのカレーはね」。よそのお客に、マスターが言う。「じゃがいもの代わりにレンコンを使うんですよ」。続けてぼくが「このレンコンが、ほんっとうまいんですよねえ」と口を挟む。

そうやっていい感じの常連客になったバーである日、泥酔してしまった。なにか嫌なことでもあったのか、もはや記憶はない。ひとりで飲んで、ひとりで潰れて、たぶん相当にみっともない姿を見せた。それ以来、なんとなくお店を訪ねるのが怖くなってしまい、やがてぼくは神楽坂から越していった。

いまでもわが家では、カレーにレンコンを入れる。じゃがいもと違って何日煮込んでも形崩れすることがないし、翌日にはレンコンと思えないほどほくほくになる。

レンコン入りのカレーを食べるたび、当時のことを思い出す。お店の名前もマスターの顔も忘れてしまったけれど、あの地下の暗がりを思い出す。鼻に香る、芋焼酎のお湯割りの湯気とともに。