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これぞワールドカップ、その初戦というものだ。

後半の記憶が、ほとんどない。

FIFAワールドカップ・カタール大会、グループE第一節。日本 vs.ドイツ。キックオフ前、そして前半までの記憶はしっかり残っている。自分がなにを感じ、なにを考えながら観ていたのか、かなり鮮明に憶えている。けれど、なぜか後半の記憶がほとんどない。興奮しすぎて憶えていない、というのとは少し違う。たぶん試合中から「いまなにが起きているか」を理解し、了解しながら観ることがかなわなかった。それくらい異常な後半だった。

理解・了解が追いつかなかった理由のひとつに、後半からのシステム変更が挙げられる。前半のフォーメーションは、日本代表としていちばん見慣れた 4-2-3-1。それを後半から3バックへ。この試合中のシステム変更については、かつてハリルホジッチ監督が何度となく試し、「やりたい気持ちはわかるけど、リスクも負担も大きすぎるよ」な感じでうやむやのうちに却下されてきたもの。森保ジャパンになってからも試合中のシステム変更はたぶん、直前の強化試合であるカナダ戦でしか試していない。

試合中にシステム変更することの、なにがむずかしいのか。まず大前提としてサッカーは、システムごとに「めざすサッカー」の姿が異なり、約束事も変わってくる。とくに代表チームは戦術練習にあてる時間が短く、ひとつのシステムを守り、その精度を高めていくほうが理にかなっている。日本代表のように「日本サッカー」のかたちが不確定で、監督によって戦術がおおきく異なる国であれば、なおさらそうだ。就任直後の西野監督もそうだったけれど、森保ジャパンはときおり3バックを試しながらも最終的には4バックを選択し、その精度を高めてきた。

さらにまた、試合中にシステムを変更すると当然、幾人かの先発選手が「さっきまでと違う仕事」をしなくてはならなくなる。つまりはポリバレントな(複数ポジションをこなし、それぞれで力を発揮できる)選手たちが先発に名を連ねていないと、うまくいかない。とはいえ、「ポリバレントであること」を優先して先発メンバーを選ぶほどの人的余裕があるとは考えにくく、たぶんハリルホジッチ体制の日本代表はそこでつまずいていた。

そんなわけもあって3バックになった後半、目と理解が追いつかない場面が多々あった。たとえば「3バックにおける三苫の役割」なんて、チーム内での共通認識はあったにせよ、ほとんどのファンは手探り状態で最善解を探すしかなかったのではないかと思う。

しかし、目と理解が追いつかない最大の理由は交代選手の多さだ。今大会では最大5人までの選手交代が認められている。森保監督はそのカードを計算しきったタイミングで切り、フィールドを活性化させた。「富安キター!」「よっしゃ三苫やー!」「浅野いけー!」「堂安一発決めたれ!」「南野ここで意地見せろー!」。結果として1点目は三苫→南野→堂安の流れだったわけだし、2点目も浅野のゴールだったわけで、采配が的中しまくったと言える。

ただし、ぐしゃぐしゃの記憶をたぐり寄せながら気づいたのは、おそらく森保監督は「5枚の交代枠がある」から、後半からの3バックを選択できたのだ。つまり、個々がポリバレントじゃなくても、数(みんな)でカバーできる。たとえば、左ウイングバックに入れた三苫がうまくフィットしなかったとしても、伊藤を左に入れて三苫を上げる(あるいは中央に入れる)選択肢もあるし、極端な話4バックに戻す選択肢だってありうる。前半をどうにか我慢しきれば、後半にはありとあらゆる選択肢が浮上してくる。日本代表をずっと見てきた自分でさえ頭が混乱したのだから、対するドイツ人たちの混乱はもっとひどかっただろう。

もちろん南野の投入は酒井の故障があったからだろうし、すべて計算どおりだったとは思わない。それでも「5枚の交代枠があるはじめての大会」をどう戦うべきか、代表チームは考え尽くし、準備を尽くしてきたように思われた。これぞワールドカップ、その初戦というものだ。

それでね。試合前に「無理に決まってんじゃん」みたいな態度をとってる日本人、ぼくのまわりにもけっこういたんですよ。「にわかファンやマスコミはいろいろ盛り上げてるけど、相手はドイツですよ?」と。

もったいねえよなあ、と思うんですよね、そういうわかったふうな態度。

勝てるはずがないと思って観る試合は、どうしてもそこに入り込めないんです。勝てるかもしれない、勝てるはずだと思って観るからこそ、ほんとうの応援ができるんです。なぜなら後者において、ようやくファンは「当事者」になれるのだから。

勝てるはずがないと言っていた人たち、ほんともったいないですよ。かわいそうですよ。予想が外れたことがかわいそうなのではなく、何事につけ当事者にならない人生を生きている、そのことが。その保身が。たとえばスペイン戦であってもぼくは、(ファンとして)勝てる可能性を探しますよ。ドイツ戦の数倍低いと思われるその可能性を、必死で探しますよ。じゃないと、おもしろくないでしょ?

試合をおもしろく観るコツはただひとつ、「勝てると思って、勝つ可能性を探しながら、当事者になって観ること」なんです。