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4つの数字の物語。

暗証番号を考えるのは面倒くさい。

いまは Webブラウザが暗証番号を記憶してくれたり、セキュリティ的に安心な暗証番号を提案してくれたりするから、ずいぶんラクになった。それでもマイナンバーカードや印鑑証明カードなどには暗証番号の設定が必要だし、スマートフォンのロック画面を解除するにもやはり、暗証番号の設定と入力が必要とされている。いや、もちろん顔認証や指紋認証もあるにはあるのだけれども。

暗証番号とはいわば、「おれだけの番号」である。4桁や6桁の数字でそれを考え、また記憶するのは、とても面倒くさい行為だ。

そこでときおり自分の誕生日を暗証番号として用いる人びとがいて、それはセキュリティ的にとても危険だからからやめなさい、というアナウンスもよく聞くものである。かといって数学者でもないかぎり、なかなか4桁や6桁の「好きな数字」を持っている人も少ないだろう。みんな、どうやって暗証番号を決めているのだろうか。


暗証番号とは少し違うものの、うちの車のナンバープレートは、犬の誕生日と同じ数字にしてもらった。それであれば忘れることはないし、出先などで「ナンバープレート○○○○の青い車のお客さま」みたいな呼び出しがあってもすぐに対応できる。そしてまた、犬の誕生日をぶら下げて走っているのは、なんとなく「おれの車」感が増すものである。

犬がくる前に購入した先代の車は、イチロー選手の背番号「51」をナンバープレートにしていた。彼はこの車の寿命よりもずっと長く現役でいてくれるだろうし、スーパースターでいてくれるだろう。そしてじつは同学年である彼のことを、いつも目標として意識し続けよう。そんな目論見のもと「51」のナンバーを選び、実際彼はその車の寿命よりも長く現役でいてくれた。


先日車を走らせていたところ、目の前を走る車のナンバープレートが、ぼくの誕生日と同じ数字だった。「わあ、同じ誕生日の人間がここにいる!」とうれしくなった。

「あんまり好きなじゃないよねえ、この日」
「同じ日に生まれた有名人に、ロクな人がいないんだよねえ」
「そもそも夏休み期間中だから、クラスのみんなからプレゼントもらったりも少ないんだよねえ」
「誕生パーティーとか、やってもらった記憶も少ないよねえ」

勝手に芽生えたシンパシーの言葉が、次々とあふれてくる。「いやー、そっかあ。そりゃあ同じ日に生まれた人だっているよなあ。当たり前だよなあ」なんて、ひとり感心する。

けれども冷静になって考えれば、先行車のナンバーが「その人の誕生日」である確証など、どこにもない。犬の誕生日かもしれず、好きな有名人の誕生日かもしれず、結婚記念日かもしれず、ランダムに割り振られただけの理由なき数字であるのかもしれない。いや、そもそも昭和の時代には希望ナンバー制度もなかったのだ。希望のナンバーを申請しない人も、当然いるのだ。


むかし数学の先生に取材したとき、数学アレルギーを解消する方策として、「行き交う車のナンバープレートを足し算したり、慣れてくれば掛け算したりしてあそぶといいですよ」とおっしゃっていた。また、仮に「1234」というナンバーであれば、それを「12」と「34」に分けて「12×34」を計算したり、あるいは「12」を「3×4」だと考えたり、4桁の数字ひとつでいくらでもあそべるとおっしゃっていた。

ナンバープレートから誕生日にまつわる物語を瞬時に想起した自分は、ほとほと文科系の人間なのだろうなあ、と思ったのだ。