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ビジネス書にはなりえないもの。

犬と暮らすということ。

おそらくこれを主題にして、小説を書くことはできる。いや、ぼくには書けないけれど、犬を迎え入れてからお別れするまでの日々は、じゅうぶん小説になりうるテーマだ。子どもが犬と出会うところからはじまる小説でもいいだろうし、老夫婦が犬を迎え入れる話でもいい。そういう作品は——漫画や絵本を加えるならば——すでにたくさん存在している。

また、犬との暮らしをエッセイとして書くこともできるだろう。以前、ある作家の方が「これまでたくさんの小説を書き、いくつかの賞もいただいてきたけれど、いちばんよろこばれていちばん売れたのは、愛猫との日々をまとめたエッセイだった」という話をされていた。愛犬や愛猫を描いたエッセイはたしかに多いものだし、おもしろいものが多い。

では、実用書はどうだろう。「仔犬のしつけ方」みたいな方面での実用書ではなく、たとえばビジネス書はどうだろう。犬との暮らしを糸口に、おもしろいビジネス書はできるだろうか。


——少なくともいまのぼくには、思いつかない。犬や猫との暮らしは、どうにも非合理的で、非効率で、成果と結びつきにくく、法則も見出しにくい。仮に『なぜ世界のリーダーは犬を飼うのか』というタイトルで犬を飼うことのメリットや、そこに潜む成功法則をまとめてくれとオファーされたとしても、トンデモ本になる予感しかしない。いや、間違いなくトンデモ本になるだろう。

で、考える。

本を読むこと。映画を観ること。音楽を聴くこと。漫画を読むこと。ゲームをすること。コンサートに行くこと。テレビドラマやバラエティ番組を観ること。もともと純粋な娯楽であったはずのこれら諸々が、いつの間にか「インプット」の対象となり、なかば「お勉強」のようにして対象と向き合っている自分をときどき発見する。これはぼくだけではなく、たとえば各種動画配信サービスで 1.2倍速や 1.5倍速での再生機能が重宝されるのは、視聴者の「インプット」意識と無縁ではないだろう。

そういう意味でいうと、どう転んだってビジネス書のネタになりえず、インプット意識とは無縁なままの「犬と過ごす時間」は、ほんとうにありがたいものだと思うのだ。