見出し画像

知らない国にも、おれがいる。

「レヴァンドフスキと、ワルシャワ条約機構かな」

その国の名前を聞いて、とりあえず思い浮かぶ単語を挙げてみたところ、悲しいことにこのふたつでストックが尽きてしまった。ブンデスリーガで活躍するサッカー選手と、冷戦時代のソ連・東欧軍事同盟。無学なスポーツ馬鹿のおっさんを象徴するような組み合わせであり、その国の名とはポーランドである。

そしてレヴァンドフスキの国から、ポーランド版『嫌われる勇気』が届いた。写真がうまく撮れなかったのでPDFを貼っておこう。

ぼくは無学なスポーツ馬鹿のおっさんなので、ラテン文字もポーランド語も、まるで理解できない。ところがおもしろいもので、おそらくこれは著者だけの特権だろう。かろうじて読みとれるアルファベットをじぃーっと眺めていると、「ああ、あのへんの話をしているのだな」と理解することができる。上のページでいえば「FILOZOF」が哲人であり、「MLODZIENIEC」は青年だ。そしてこのページではたぶん、アドラーはフロイトの弟子なのか、それとも共同研究者なのか、後世でどう位置づけされているか、などについて話している。そうだそうだ、こんな比喩を入れてみたり、この人のこんな発言に言及したり、いろいろやったなあ、と思い出す。

いま『嫌われる勇気』は、韓国、中国、台湾、タイ、オーストラリア、ポーランドと出版が進んでいる。来年はイギリスを皮切りに、契約済みの国がもっとたくさんあるので、もっともっとたくさんの人たちにこの本が届くのだろう。どの国の、どんな人たちが、どんなふうに読んでくれるのか、実際のところはぜんぜんわからないのだけど、きっと世界のいろんなところに悩める「青年」がいて、彼ら・彼女らはこの本を気に入ってくれるだろうな、と想像する。


最近とみに思うのだけど、いい本(いいコンテンツ)をつくるのにあたって、いちばん大切なことは「読者を信じること」だ。

読者がいると信じること。読者はこれを理解してくれると信じること。読者はこれを待っていると信じること。なぜなら読者は「おれ」と同じ人間なのだと信じること。

しつこく信じ続けることをあきらめた瞬間、書き手は小手先の技術におぼれ、大衆操作的なうそに頼り、結果としてつまらない、底の浅いアウトプットに終わってしまうのだと思う。そういう本やコンテンツが世にあふれるのは仕方のないことだろうけど、できれば自分はそこに関わりたくないなあと思うのだ。そういう発想で本をつくってしまったことがゼロだとは言い切れないだけに、なおさら思うのだ。


あ。そういえば来年のサッカーW杯の対戦国でもありますね、ポーランド。