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逆輸入の、これまた逆輸入。

こんなこともあるんだなあ、と思う。

英ケント大学のアナ・カタリーナ・シャフナー教授による著書、『自己啓発の教科書』(原題:The Art of Self-Improvement)を読んだ。文化史が専門だという著者が、自己啓発というジャンルの系統樹を解き明かし、それぞれの言説がどのように受容されていったかを論じたとてもまじめな一冊だ。一例を挙げると「たとえば政治においてポピュリズムが急激に高まっているのは、それが複雑で差し迫った問題にごく単純な答えを用意しているのが好まれるからだが、それと同じように自己啓発も単純化していく傾向がある」とし、自己啓発の危険性や問題点にもしっかり切り込んでいる。

で、この本の4章を読んでいたら、こんな話に行き当たった。

 オーストリア出身の精神科医アルフレッド・アドラー( 1870~1937年)は、フロイト、ユングとともに三大心理学者の一人だが、彼の心理学の本が現代の自己啓発の世界で復活を果たしている。

『自己啓発の教科書』(アナ・カタリーナ・シャフナー著/大島聡子訳)

おお、きましたアドラー。うんうん、そうだそうだ。

 面白いことに、まず注目され始めたのは日本で、そのあとに西洋へ逆輸入された。アドラーの自己超越と共同体志向の心理学が、西洋よりも向社会的なものに価値を置く日本の人々の興味をかき立てたのは偶然ではないだろう。劣等感の理論で知られるアドラーは、デール・カーネギーとスティーブン・R・コヴィーに大きな影響を与えた。なぜ彼の考えが、昨今の自己啓発作家や読者の心を魅了しているのかは容易に察しがつく。

同書(太字部・引用者)

んん? 日本? もしかして……。

 日本の哲学者でありアドラー心理学研究の第一人者でもある岸見一郎(1956年~)と、ライターの古賀史健(1973年~)の共著『嫌われる勇気』(ダイヤモンド社)は、世界的なベストセラーとなった。人生に悩む青年(古賀)と哲人(岸見)のソクラテス式問答法で、アドラーの個人心理学を分かりやすく伝えている。哲人はうまくアドラーの英知を教え、疑り深い青年も徐々に、それがとても有用なものであることに気づいていく。

同書(太字部・引用者)

ひゃー! まさかマジで『嫌われる勇気』かよ!

日本に加え、中国と韓国でミリオンセラーになっていることは知っていた。そして英語圏やドイツ語、フランス語、またポルトガル語圏などで評判を呼んでいることも伝聞レベルでは知っていた。でも、こんなかたちで自分の本と名前に出会うことがあるとはなー。

しかもシャフナー教授、何ページにもわたってアドラー心理学と『嫌われる勇気』への論考を展開していて、たとえばこのあたりは非常に鋭い指摘だ。

 自尊心の低さは、勇気のなさを物語っている。その原因となっているのは恐れだからである。他人に嫌われて拒まれるのがなにより怖い。先に自分を嫌いになり、気を許すことも、親密になることも、傷けられることも、時にはとても意味のある人間関係まで避けることで、私たちは自分を守っているのである。アドラーは、勇気を──特に「嫌われる勇気」を──、アドラー心理学の柱に据えている。しかしここで善について考察するなら注目したいのは、自分を改善するためには、自己への執着を他人へ、つまり社会への関心に切り替える必要があるというアドラーの考えである。

同書(太字部・引用者)

ちなみに日本人の本でほかに紹介されていたのは、こんまりこと近藤麻理恵さんの『人生がときめく片づけの魔法』と、1959年に渡米して禅の教えを全米に広げた僧侶・鈴木俊隆さんの『禅へのいざない』。

こんまりさんや鈴木俊隆さんのことを考えると、ある本がたくさん読まれたり読み継がれたりするのって、まさしく「influence」なんだなーと思う。

もしも『嫌われる勇気』がそういう本になっているとしたら、とてもうれしい。