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なんでもない文に

きょうの東京、じんじんするほど寒いですね。しかも、ほんと勘弁してくれよ。雪が降るなんて話もちらほら聞きます。

で、こんな寒い日になると思い出す、ふたつの文章について書きます。ときどき担当させていただく、ライター講座なんかでよく例に挙げる文章です。

(1)昨日の夜、東京では雪が降った。

(2)昨日の東京は、夜から雪になった。

このふたつ、事実として伝えてることは、まあ同じです。
要素としては「昨日、夜、東京、降雪」ですよね。なのに、読んだときの印象はけっこう違う。そしてぼくは、なるべく(2)のような表現をこころがけたいし、(2)のような文を読むと「しっかり考えられてるなあ」と感心するわけです。

というのも、(2)にさりげなく入っている「夜から雪になった」の一文。ここには時(夜)と事象(降雪)だけでなく、「時間の経過」も描かれているんですね。

夜から雪になった、つまり夕方までは雪じゃなかった。曇りか雨だった。きょうの夜は冷えるね、なんていいながらふと空を見上げると、はらはら雪が落ちてくる。わあ、雪だ。ほら、雪だよメイちゃん。
・・・って、誰だよメイちゃんというツッコミはさておき、(1)と(2)の文章では、そこに盛り込まれた情報の量と、読者に想起させるイメージがぜんぜん違うのです。

なんでもない文を、なんでもなく書かない。なんでもない文ほど、たくさん考えて書く。

大あわてで原稿書いてるときほど忘れそうになる、だいじなポイントです。「さあここで感動してくれ」みたいに力を入れた箇所よりもずっと、そのひとの力量というか、ふだんからの姿勢が問われる箇所だと思います。

(追記)
ちなみにこの例文を思いついたきっかけは、サザンオールスターズの『別れ話は最後に』という曲の一節でした。

♪ 雨が降ってるのに 空は晴れている まして今夜は雪が降る ♪

すげえなあ、と思ったものです。