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隠しマイクから聞こえてくるほんとうの声。

とりあえず酒が飲める人間でよかった。

きょうの夜はもう一度スペイン戦を観ながら、ワインでも飲もう。ここでスペインワインを飲むのは少し悪趣味なので、祝杯は日本ワイン。肩に力を入れず、呼吸もちゃんと取りながら、もう一度この試合をたのしもう。

後出しジャンケンとして言うと、ドイツ戦については勝ち点が取れると思っていた。ドイツ代表の調子がいまひとつという話も聞いていたし、なんといっても現在の日本代表にはブンデスリーガで活躍する選手が8人も招集されている。これはJリーグ組の7人を超える数で、大会前から「ドイツ代表はバイエルンよりも弱い」なんてことを言う選手もいたほど、臆していなかった。ドイツ代表がべらぼうに強いことは、みんなよくわかっている。ただ、その「わかっている」は、かぎりなく「知っている」に近く、やれない相手じゃないことも「わかっている」のだ。

一方、スペインは違う。スペイン1部で活躍する日本人は久保建英選手ただひとり(柴崎岳選手は2部)。バルセロナやレアル・マドリーの試合を観ている選手は多いだろうが、それは「わかっている」や「知っている」にほど遠い。どれくらい強いのか、どこまでやれるのか、身体でわかっている選手は少なかったんじゃないかと思う。

ところが蓋を開けてみると、スペインのほうがやりやすいチームに思えた。そりゃあポゼッション(ボール支配率)では圧倒されたけれど、サッカーはゴールネットを揺らした数を競うゲームであり、ポゼッションを競うものではない。そしてドイツ代表のギュンドアンやミュラーみたいに嫌で嫌でたまらない動きをする選手もおらず、たとえばこの試合でいちばん危険視されていたブスケツも、ほぼ封じることができていた(むしろ怖かったのはペドリとアセンシオ、ときどきフェラン・トーレス)。戦前からのプランどおりに勝ったのは、ドイツ戦よりもこのスペイン戦であるように感じられた。

ただし、試合全体を支配していたのがスペインなのは間違いがなく、そこは対スペイン戦で後半を支配しきったドイツの戦いぶりとはまったく違う。スペインにとってドイツは「怖い」相手であっただろうけど、日本は「嫌な」相手だった、というのが正直な感想だろう。それは日本にとってのコスタリカが「嫌な」相手だったのと同じように。

ともあれ、今大会で最大の発見はやはり、本田△である。

もう、Abemaでの本田△の解説がめちゃくちゃおもしろい。ぼくはドイツ戦もコスタリカ戦もスペイン戦も、それぞれAbemaと地上波を1回ずつ観たのだけれど、圧倒的に本田△のAbemaがおもしろい。それはSNSで切りとられて拡散される彼の面白フレーズがおもしろいのではなく、「戦況がわかること」のおもしろさを、彼が提示してくれているからだ。

一般的なサッカー解説者は、アナウンサーから話を振られたとき(質問を受けたとき)、そこに冷静な解説を加えることで自身の役割を果たしている。しかし本田△の場合、実況するアナウンサーの横から「ほら、ここ見てください」「いまのところ、伊東さんが前から行ってるでしょ」みたいな感じでガンガン割り込んでくる。そのアグレッシブさと的確な批評、そして「おれやったらこうする」を言い切る強さが、たまらなくおもしろいのだ。

さらに本田△は、平気で自説を曲げる。「おれやったらこうする」を言ったあと、戦況が変化したり、ピッチサイドの槙野選手から異なる見解を提示されたりすると、「それもそうやな」てな感じでどんどん自説を変化させていく。そうなのだ。戦況に応じてプランを自在に変化させていくのがサッカーであり、監督なのだ。その意味で本田△さんは、かぎりなく監督に近い目で試合を観ている。

しかしほんとうの監督が「おれやったらこうする」を語りはじめると、不毛な神学論争になりかねない。本田△が絶妙なのは、彼のベースがいまもなお「現役の選手」にあるところで、たとえば森保監督への注文も「おれがここにおったら、こう進言する」という(強気な)選手目線によるものだし、選手への注文も「おれがピッチに立っていたら、こう指示を出す」というピッチレベルのものになっている。つまり本田△の解説には、ピッチ上の選手に隠しマイクを仕込んでいるような、ハーフタイムのロッカールームに隠しマイクを仕込んでいるような、ときに宿舎に隠しマイクを仕込んでいるようなドキュメンタリー的なおもしろさがあるのだ。

まあとりあえず今晩はおいしい酒を飲みましょう。サッカーのおもしろさ、代表の選手たちと本田△さんにあらためて教えてもらっています。

(サムネは朝4時に起こされテレビに背を向け二度寝する犬です)