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エスカレーターに吹き抜けた風。

渋谷駅のエスカレーターで、母親と女の子の二人組を見かけた。

これから買いものにでも行くのだろうか。母親はまっすぐに前を見ている。女の子は母親の黒いダウンコートのすそをひっぱり、はずむ声で話しかけている。女の子は言う。

ねえねえ、知ってる?

三学期ってねえ、あっという間に終わっちゃうんだよ。

もう、ぴゅーって終わっちゃうんだよ。

そしたら◯◯ちゃん(じぶんの名前)、すぐ四年生になるんだよ。


お母さんは視線を前に置いたまま「そうねえ」「終わっちゃうねえ」「四年生だねえ」と答える。うきうきのわが子をなだめるように。これから訪れるはずの、もっとうれしい買いものの時間とそこでの興奮、そして電池切れとを心配するように。


二人の背中を眺めていたぼくは、そうだったー! と雷に打たれた。そうだよ、三学期ってやたらと短いんだよ、はじまったと思ったらもう終わってるんだよ、と。

もしもぼくが作詞家だったなら、ここで駆け足に過ぎる三学期の、淡い恋を歌にしたのかもしれない。もしもぼくが歌人や詩人だったなら、三学期に吹き抜ける風のはやさを歌にしたのかもしれない。こういう瞬間的な感情は、たらたらと長い文より短い歌に閉じこめるにかぎる。

けれどもまあ、こうやって見たこと聞いたこと起きたことをそのままに、録音するように書き残しておけば、あのエスカレーターで感じた風を、なつかしくも新鮮な風のそよぎを、忘れずにいられるのかもしれない。少なくとも読み返せば、あの瞬間を思い出せるのかもしれない。


ほんとは今日から正月休みに入るつもりだったここのnoteに、それを書いておこうと思った。

あの親子はどこに行く予定だったんだろうなあ。

ぼくは渋谷で髪を切りました。