見出し画像

A Hard Day's Night

むかし、ブルース・スプリングスティーンがインタビューでこんなことを言ってたんです。

「エルヴィスがみんなの身体を解放したように、ボブ(・ディラン)はみんなの心を解放した。音楽は本来、身体的なものだけど、だからといって知性を否定するものではないことを示してくれたんだ」

ぼくらの世代からするとこの発言、ボブ・ディランについての言及より、プレスリー に関する評価のほうが「なるほど!」なんですよね。ロックンロールは身体を解放する音楽で、プレスリー以前の若者たちは身体を縛られていたのか、と。それが解放されたときのショックたるや、すさまじいものだったんだろうなあ、と。

それと似たような話で、ビートルズの「A Hard Day's Night」という曲。

これも「突如としてスターダムの階段を駆け上がったビートルズは、メディア出演やコンサート、レコーディングに明け暮れる日々を過ごし〜」「ジョンは当時、こんなふうに歌っています」みたいな解説と一緒に学んだものだから、ほんとにそのまんま「忙しくて困っちゃうよ」と嘆いてる曲なんだと思っていました。

それが、どこかで「これは労働者階級の歌で、ロックが労働者階級のものであることを定着させた歌なんだよ」という話を聞いて、これまた「なるほど!」だったわけなんです。いや、歌詞を正面から読んだらぜんぜんそうなんですけども。

たぶん、余計な文脈を抜きにして「あるがまま」にプレスリーを見たり、ハード・デイズ・ナイトを聴いたりしたら、もっとストレートにそのへん感じられたんだろうけど、どうしても文脈のなかに配置して、大きな物語の1ページとしてそれを理解しようとしちゃうんですよねぇ、ぼくたち。

物語を使わずに世界を眺めることができたら、たいへんだろうけどおもしろいだろうなあ、と思います。

あ、今週〜来週のぼくは完璧な「A Hard Day's Night」です。ここの内容も雑になるだろうことを、いまのうちにお断りしておきます。