めがね屋さんと本屋さん。
何度かここに書いたと思うけれど、ぼくはめがね屋さんで働いていた時期がある。かたちばかりに大学を出て、新卒の正社員として、全国チェーンのめがね屋さんに就職したのだ。接客の仕事をすることで人見知りが解消されればいいな、くらいに考えていた。
接客の仕事がつらかった、という思い出はない。
Yシャツに袖を通し、ネクタイを締め、制服でもある紺色のベストを羽織る。これだけで「店員さんプレイ」にも似た、別人格ができ上がるのだ。商品説明から検眼作業、さらには雑談まで、どれも無難にこなせていた気がする。
けれども強いストレスを感じざるをえなかったのは、自分のうそにある程度自覚的だったからだろう。
めがね屋さんの店員は、「めがねって最高」を信じ、「うちのめがねはとくに最高」を信じたうえでようやく、「なかでもこのめがねは、あなたにぴったり」のトークをすることができる。業界愛、愛社精神、めがねLOVE、みたいなものをがっつりインストールしないことには、自信を持って販売することができない。
優秀な先輩方はこのへん完全無欠にめがね愛を膨らませていたのだけど、ぼくはどうしても「うそじゃん、それ」とあざける自分を払拭することができないまま、めがね屋さんを辞めることになった。
本が好き。書くことが好き。書かなきゃ生きていけない。
それってほんとのことだろうか。よくよく耳を澄ましてみれば、めがね屋さんで感じた「うそじゃん、それ」が聞こえてくるんじゃないだろうか。それとも人は、そういう方便を頼りに働いていくのだろうか。
答えは出ない問いなんだろうけど、少なくともうそをつきながら書く本は、もうつくりたくないなあ。