見出し画像

もーもー、もー!

「もしかしたらオレ、完全栄養食を思いついたかもしれん」

20代のあるとき、ふとそう思った。完全栄養食とは、それさえ食っていれば生きていける、むしろ健康に生きていける、という貧乏なひとり暮らしにとっては夢のような食事のことである。しかもぼくが思いついたのは、カロリーメイトのような加工食品ではない。もっと画期的な、もっと灯台下暗し的な、なおかつ実証データに基づいた、すばらしい食品を思いついたのだ。

牛乳である。

「だって考えてもみなさい」。20代のぼくは得意気に言うだろう。みんなあれを飲みものだと思ってるけどね、あれは立派な食べものなんだよ。はっ? ビタミン? ミネラル? 冗談じゃありませんよ。そんなこと考える必要はこれっぽっちもない。だって、仔牛をごらんなさい。あの子らは牛乳だけを飲んで、あんなにすくすくもーもーと巨大に育っているのだよ。そりゃあ万能食に決まってるじゃないか。

もちろん、1日牛乳だけを飲んで過ごすのはさみしい。さすがに食パンの1枚くらいはかじってもよろしかろう。ぼくはスーパーに足を運び、1リットルの牛乳パックを3本ほど買い、ついでに食パンを買い、意気揚々と家に帰った。

さーて。とりあえずは1リットルだ。ふふふ。栄養バランスがどうだとかサプリメント買わなきゃとか言ってる愚民たちが、かわいそうになってくるね。冷えた牛乳を、完全栄養食を、ぐびぐびと飲み干した。

腹を壊した。

思いっきり、腹を壊した。


久しぶりに牛乳パックを買い、パンをかじりながら「きょうはなにを書こう」と考え思い出した、20代の夏の日である。