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桑田佳祐さんの、普通じゃないことば。

サザンオールスターズというバンドがいる。

「知っとるわ」とツッコミが日本全国の老若男女から飛んでくるであろう、国民的バンドだ。彼らのデビューは1978年。当時、ピンクレディーや西城秀樹を愛好する幼稚園児だったぼくにとって、「ザ・ベストテン」に突然現れたむさ苦しい6人組は、とにかく「うるさくて、こわい人たち」だった。少し年長のお兄さん・お姉さん方が語る「新宿ロフトからの衝撃的デビュー」とは、受け止め方が違っていた。ほんと、うるさくて、こわかった。

そんな彼らのデビューアルバム『熱い胸騒ぎ』のA面2曲目に、「別れ話は最後に」という佳曲がある。たしか、デビューシングル候補にもなっていたはずの、ミディアムバラードだ。

この曲のなかに、こんな一節がある。

♪ 雨が降ってるのに
  空は晴れている
  まして今夜は 雪が降る ♪

文字に書き起こすと、さほどおもしろく感じられないフレーズだろう。

しかし、ゆったりとしたテンポで流れるバラードであるがゆえ、聴き手は「雨が降ってるのにぃ〜 ♪」のところで一度、(自分なりの)雨降りの映像を思い浮かべる時間的余裕がある。

そこに「空は晴れているぅ〜 ♪」ときて、映像の修正を迫られる。天気雨だったのだと知らされる。太陽が出ているのだから、時間帯は昼だ。情報量が増えたことによって、映像の確度も上がる。

で、追い打ちをかけるように「まして今夜は雪が降るぅ〜 ♪」だ。季節は冬なのだ。雨が上がろうとしている天気雨ではなく、しとしと冷たい雨が降り続くなか、ほんの一瞬開けた雲を、その刹那を歌っていたのだ。街を行き交う人びとはロングコートを身にまとい、めいめいに傘を差している。傘を持つ手には、色とりどりの手袋があるのだろう。

15秒ほどのあいだに歌われる3つのフレーズ、しかも最低限のことばたちで、映像はかくも変化する。さらにこの曲に呆れ驚くのは、「まして今夜は雪が降る」の、「まして」だ。

文語的に言い換えるならこれは「いわんや今夜は雪が降る」である。「ただでさえ○○であるのに、今夜は雪が降るのだから、なおのこと○○である」と言っているのだ。ここに「まして」の語を入れられる人、なかなかいないと思う。


では、○○に入ることば、感覚、感情はどんなものなのか。

桑田佳祐はその答えを明示しようとはせず、ただその目に映る情景を描写していく。情景だけを描写して、残りの判断を聴き手に委ねる。

♪ そんな気持ちと裏腹に 街の女は通り行く
雨の Sunshine Road
雨の Sunshine Road
  Road ♪

いや、タイトルにもあるように、もちろん別れ話の歌なんですけどね。


桑田さんっていうと、どうしても「マンピーのGスポット」的な、あからさまに奇天烈な歌詞に意識が向いちゃうんだけど、こういう「普通なようでいて、まったく普通じゃない」歌詞こそが、桑田さんの真骨頂だと思うんですよねー。

きのう家に帰るとき、ひさしぶりにこの曲を聴いて「明日はこれを書こう」と思ったのでした。またときどき、桑田さんの歌詞をとりあげてなにか書くかもしれません。