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フライパンで靴が焼ける少女

謎の一言メモが発掘された。

あれこれ錯綜して時間が溶けだすとこういう事案が多発する。本人も意味がわからない。本当に自分が書いたメモなのか疑惑すら湧く。

《フライパンで靴が焼ける》

そりゃ、フライパンで靴を焼こうと思えば焼けるだろう。良い子はまねしないほうがいいけど。いや、そういうことじゃない。

いくらなんでも僕だってフライパンで靴を焼いたりはしないし、その必要性もメリットもない。だとしたら何かのメタファーとしてのメモなのか。

わりと真剣に考えてみたけれど何も思い浮かばない。いったい、過去の自分は何を思ってそんなメモを書いたんだろう。

考えられるのは、ただなんとなく思いついただけ。いちばん可能性が高い。というか、ほぼこれだ。

たぶん、そのとき不意に《フライパンで靴が焼ける》が降ってきたのだ。

降ってきたものは、とりあえずメモする習性が僕にはある。あとで何の役に立つのかなんて考えてはいけない。他の思考が入った瞬間に、降ってきたものがふっと消えることがあるからだ。

そうやって急に降ってきたメモの生存率は計算したこともないけど、まあまあ低いと思う。

馬鹿みたいだなと自分でも思わないでもない。ほとんど役に立たないメモを真面目に取っているなんて。だけど、ときにはそのメモから「語られたがっている何か」が密やかに聴こえてくることもあるのだ。

ある日のこと。小学生ぐらいの女の子が商店街の片隅にある雑貨店で、赤いフライパンの上に並べられたかわいい緑いろの靴を見つける。

なぜフライパンの上に靴が飾られているのかはわからない。

赤いフライパンに映える緑の靴。女の子はどうしてもその靴が欲しくなる。店番をしている老店主に「この靴が欲しいんです」と言う。

店主は女の子の顔と、手に握りしめられた500円玉を交互に見て「それじゃ、靴は買えないね」と残念そうに告げる。

女の子はそれでも引き下がらず「どうしても欲しいんです」とお願いする。老店主は困った表情で首を横に振る。

じっとフライパンの上の靴を見つめていた女の子の顔が「はっ」と輝く。

「このフライパンなら買えますか?」

女の子はフライパンがなくなってしまえば、きっとフライパンと一緒だった靴は魅力がなくなって誰にも買われないだろうと考えたのだ。

老店主はしばらく考え込んでから、女の子にフライパンを渡す。500円玉と引き換えに。もちろん、本当は500円ではフライパンなんて買えないけれど。


女の子は大事そうに赤いフライパンを胸に抱えて家に帰る。女の子はお母さんに「見て、すてきな靴の載ってたフライパン!」と自慢する。

赤いフライパンはそれだけでもかわいくて、やがて女の子は靴のこともすっかり忘れてしまう。

月日が流れ、女の子は大学生になる。老店主は高齢になり店をたたむ。

大学生になった女の子がグリーンニットのワンピースを着て、クラフト袋を大事そうに胸の前で抱えながらシャッターを下した老店主の雑貨店の前を通りがかる。

クラフト袋に入っているのは、あの日買った赤いフライパンで焼いた靴型のクッキー。気になる人がいるパーティーに持っていくのだ。

女の子は小走りで商店街を抜け駅に向かう。

シャッターが閉じられた薄暗い雑貨店の中には、在庫を一掃したあとも老店主がそれだけは取って置いた、小さな緑いろの靴がポツンと置かれている。


※昔のnoteのリライト再放送です