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あの夏が掛川駅を通過した

いつも短い夏が、この夏はさらに短い。

禍のこともあるし、それ以前に締め切りとダンスを踊り続けてるためでもある。まあ、そんなこと言っても仕方ない。

人生の半分はトラブルで、あとの半分はそれを乗り越えるためにあるのよ。そんな台詞が浮かぶ。あれは『八月の鯨』だったっけ。

べつに、いま現実的なトラブルの渦中にあるわけでもないのだけれど、自分が生きてること人生がある種のトラブルだとしたら、まあそうなんだろう。

上手に諦められるようになったら大人になったってことだよ。

夏休みシーズンで決して快適とは言い難い車内に押し込められ、僕はいつか誰かがそんなことを言ってたのを思い出す。

何の仕事をしてるのか謎だった親戚のおじさんかもしれないし、オダギリジョーみたいなゆるっとした格好をいつもしてた近所の大学院生(なぜか子どもの僕らに慕われてた)だったかもしれない。

ふたりとも、もういなくなってしまったけれど。

一定間隔で聞こえて来る独特の風切り音が、新幹線の窓の向こうの景色を歪ませる。乾いて色を失った風。沸き立つ入道雲。緑の田んぼ沿いの真っすぐな田舎道。

時速280kmで過ぎていく夏をぼんやり眺めている向こうに、少年たちの夏が佇む。

走る新幹線に勝ちたくて必死に漕いでいたお兄ちゃんのチャリは、空気がほとんど入ってなくて、入れてもすぐに空気が抜けてしまって、空気を自転車屋さんで入れてもらうための50円をお兄ちゃんに内緒でホームランバーを買って食べてしまったことも成層圏外に去ってしまうぐらい、お兄ちゃんはすごい形相でボロチャリを漕いで新幹線に挑んでいたというのに。

そんなお兄ちゃんに「がんばったら一瞬でも勝てるで」と言ったのは僕なのに。

「やっぱ、あかん」

お兄ちゃんはギラギラのギトギトに照り付ける太陽を見上げながら苦しそうにチャリを放り出して道端に仰向けになった。

緑色一面に広がった田んぼの、ピンクとか金色や銀色をした無駄に派手なテープが風でかさかさと揺れながら僕らを笑っている。

とっくの昔に新幹線がお兄ちゃんを抜き去ったあとの午後の田んぼは、ライブの終わった野外フェス会場のステージのようで、もう誰もお兄ちゃんを見ている人などいなくて、哀れな使命を全うしたボロチャリは鈍い午後の光の下で沈黙したままだ。

大人になり新幹線で出張に出るようになった僕は、そんな少年たちの夏を時速280kmで窓の向こうに映しながらビールを飲んだりしている。

前の席では黒いピタピタのTシャツを着た女の子が隣の彼氏に、今日あった出来事を夢中で報告していて、席の窓側にすっかり忘れられたように置かれたビールの缶が僕に何か言いたそうにチラチラこっちを覗いてくる。

「俺だって別に飲み終わったあとにな、こう右手でぐしゃっと真ん中で折るみたいにつぶされたくないねん。俺かって最後まできれいな缶のまま外の景色見てたいんや。それの何が悪いねん」

僕は、そんなビールの缶に「がんばったら一瞬でも勝てるで」と、一応本当のことを言ってみる。嘘じゃない。秒で負けてしまっても、その勝負を挑んだ瞬間は間違いなくまだ負けてないのだ。

ひゅん、ご。

小さな衝撃が僕の乗る新幹線をトンネルに放り込む。トンネルの中で僕は窓の向こうに映ったもうひとりの僕につぶやく。

大人になっても全然、上手に諦められるようになってないんだ。

トンネルを抜ける。あほみたいな炎天下で男の子の兄弟が僕の乗った新幹線を見送っているのが見える。諦めきれない夏と一緒に。