吾輩は概念の猫である
吾輩は概念の猫である。名前はずっと無い。たぶんこれからもずっと無い。
どこで生まれたか。これは見当がつく。あなたが吾輩を発見したときだ。何でも無暗に発光する四角い枠の前でニャーニャー泣いていたことだけは記憶している。
吾輩はここで始めて人間というものを見た。しかもあとで聞くとそれはライターという人間中でいちばん奇妙なよくわからない種族であったそうだ。このライターというのは、ときどき我々を捕まえて原稿を書かせるという話である。
猫の手も借りたいという言葉があるが、それも彼らライターにとっては大真面目なのだが、その当時は何ということも考えなかったから別段変であるとも思わなかった。
ただ彼に掌を引っ張られ、何やら規則正しく文字のようなものが刻まれた石畳のような板の上でフワフワした感じがあったばかりである。石畳はキーボードというものであった。
この石畳の上でしばらくはよい心持に坐っておったが、しばらくすると非常な速度で石畳がカタカタと振動し始めた。ライターの指が振動しているのか、石畳が急に跳びはねるようになったのかわからないが非常に肉球がこそばゆい。
到底寝てはいられないと思っていると、ふぁさっと音がして石畳を離れ視界がどんどん高くなっていった。あとは何のことやらいくら考え出そうとしてもわからない。
吾輩の主人はやたらと吾輩と顔を合わせる。職業はライターだそうだ。
取材から帰ると終日書斎に這入ったぎりほとんど出て来ることがない。周りのものは大変仕事熱心であると思っている。当人もそう思っている。しかし、実際はそこまで勤勉家であるかどうかよくわからない。
吾輩はときどき忍び足に彼の書斎を覗いてみるが、noteとやらで深刻そうに山羊の記事を書いたかと思えばヤクルトを飲む。乳酸菌の数が1億個増えたと言って喜んでおる。どうやって数えたのかは知らない。
吾輩は猫ながら考えることがある。ライターというものは実に気楽なものだ。人間と生まれたらライターになるに限る。こんなに惚けていても勤まるものなら猫にでも出来ぬことはないと。
それでも主人に云わせるとライターほどつらいものはないそうで彼は山羊が来る度に何とかかんとか不平を鳴らしている。
つまりきょうも原稿に追われている。それだけの話だ。ありがたくもなんともない。