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12人の運転士たち

駅のホームで新幹線を待っていると自動案内の音声が流れた。

「はくたか315号が12人編成で参ります」

空耳かと思ったてたら今度は駅員さんの声で「今度の1番線、12人編成です」と念押しするようにアナウンスがあった。

そうか12人編成なのか。ホームに列車が滑り込んでくる。たしかに新幹線だけど電車の車両のガワの中に、運転士が12人で連なって手を繋いでいた。

時速250kmぐらいで走ってきたのだろう。みんな息があがって苦しそうだ。

自分が乗る車両は中井貴一さんみたいなおじさんが担当していた。

ホームに停止した瞬間、マスクの向こうから何を言ってるのか聴き取れないくらい微かな渇いた声で「お待たせしました」と言った。

もしかしてサラメシのロケなのかとも思ったけれど、そんなに体を張る必要もない。それに、こんな過酷な仕事のあとではお昼ごはんどころではないだろう。

まだ少し苦しそうな表情の貴一さんに、なんとなく会釈して車内に入る。申し訳ないような気もしたけれど指定席も買ってしまったのだし仕方ない。

乗客はそれほど多くはない。どの乗客も人が12人で連なって走っていることに、とくに感慨もない様子で無に近い顔をして前方を見ている。

どんな仕事も楽なものなんてないんだなとあらためて思う。つむじ風のような速度で駆け抜ける新幹線は地上の乗り物の中では華やかなものに見えるけれど、今日みたいに誰かの息があがることだってあるのだ。

それでも仕事を終えて車庫に入ると、みんなは無言でそれぞれのお昼ごはんを食べるのだろう。もちろんお互いの距離を取って。

座席に座ってしばらくすると発車の機械音が鳴った。

12人編成の新幹線はまた加速し始める。トンネルに入った瞬間、圧力波と一緒に誰かの呻き声のようなものが聞こえた。

それでも新幹線は加速し続け、トンネルを出たときには12人分のマスクが車内に散らばり、滑るように走る音だけが車両を包みこむ。

僕はたしかに輸送されているのだと思った。どこかへ。


※昔のnoteのリライト再放送です