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「失われてゆく、我々の内なる細菌」 マーティン・J・ブレイザー

山本太郎 訳  みすず書房

抗生物質投与等で、実は人体内の細胞の7、8割とも言われる共生する細菌の割合が変化しているという内容の本らしい。
(2019  07/08)

神保町三省堂で見つけた(医学本ではなく、生物学のコーナー、あと2Fのノンフィクション特集コーナーにも何故か)。著書は抗生物質投与や帝王切開そのものを非難しているわけではない。アレルギーや喘息が体内細菌環境変化のためというのは直感的にわかるけど、肥満がそのためというのはなぜか。
あと、帝王切開が体内細菌環境に問題となるのは、母から子に細菌環境を受け継ぐことができないため、という。
(2019  07/14)

第3章「ヒトのマイクロバイオーム」から第6章「抗生物質の過剰使用」まで。


胎児の時にはほぼ無菌だったのが、生後3歳までに母体と外部から細菌を受け継ぐという。本当に胎内ではないのか、その辺は「後で述べる」という。ヒトはその人個人特有の細菌分布を保持しており、それは食生活の偶然の変化や、性交渉などでも変化しない(一時的には変化するが、すぐ元に戻る)。指紋みたいにこれも個人を特定できる要素になり得るのかもしれない。

細菌の人体内での多様性は、生態系の多様性と同じく、保全しないと突発的事態に耐えきれないようになる。多様性を保っている系内では、希少種(その種の個体が周りに比べて非常に少ない)ものが(種類は多く)存在している。突発的事態になって主要種が絶滅した時、生き残ったり(ヒトの役に立つように)変異するのはこういう希少種であることが多いという。ここで、経済学でも出てきたナッシュ均衡が登場。

以上が第3章から。その後は著者の腸チフス体験や、抗生物質(初めはペニシリン)誕生秘話、そして子供達に半ば無差別的に抗生物質を与えるため、病原体となる細菌の方でも耐性を次々獲得し、そのサイクルがどんどん短くなっているということなど。
(2019 07/22)

ナッシュ平衡とヒトの細菌叢

今朝読んだ第12章までのところから。

 細菌はニッチに住処を見つけ、宿主の細胞に信号を送り、宿主の細胞は細菌に、圧力、温度、科学的刺激といった信号を返す。そこに言葉が発達し、会話が成立することになる。こうした状況のなかで、炎症の消長が起こる。それは結婚生活のようなものかもしれなかった。誰が皿を洗い、犬を散歩させるか。一方の役割の分担が他方の役割を決めることになる。
 ヒトの胃からピロリ菌がいなくなれば、新しい環境が出現する。それによって、免疫系、ホルモン、胃酸の調整は相手のいないダンスのようになる。長期間の関係が終わるとき、影響は即効的で局所的でなく、長く続くものとなる。
(p134)


いま、人類は細菌と「離婚」してしまったのだろうか・・・

 抗生物質は細菌叢の構成そのものに、あるいは細菌叢と宿主の関係に影響を与える。抗生物質は、すべてではないとしても多くの点で、成長や代謝の発達に対してその重要な時期に影響を与えているに違いない。
 私が最も興味を抱いたことは、家畜への抗生物質投与は、若いうちに与え始めるほど効果がある、ということである。最も単純な説明は、抗生物質が腸内細菌全体の平衡を変えるということであろう。つまり、ある細菌が優勢に転じ、別の細菌が劣勢となる。すでに述べたように、細菌は自らが宿主とする動物とともに進化する。畜産家たちは、細菌が宿主とともに達する平衡への共進化、という環境を人為的に変えているのである。ジョン・ナッシュのモデルが予想するように、平衡が混乱するとき、何かよくないことが起こりうる。考え方は単純だが、意味するところは深い。
(p164ー165)


その人(だけでなく動物一般)固有の成長を決めているのは乳幼児期(3歳くらいまで)、その時期に(第7章で取り上げられていた)家畜への成長促進剤としての抗生物質使用、そして医療、公衆衛生的に使われてきた人類への抗生物質使用は、長い間人類とともに進化してきた人体内細菌叢の変化をもたらした。ここで、注意したいのは、著者がある特定の菌や病気などにとらわれず、全体的な生態学的視点をとっていること(平衡という概念導入はこの意味で示唆的)、それに関連して、短期的な視点ではなく長期的視点で見ているというところ。

あとは、上記の引用箇所にもある、文学的表現の面白さ。ピロリ菌を舞台役者に見立てて人類と細菌叢との全体的視野を導入したところ(p153)、あるいは1975年に著者は東京に住んでいたらしいけど、その時期からだんだん日本人の身長が伸びてきて、髪の毛の色も変わってきた(笑)というところなど(ちなみに著者は187センチ、p162)
(2019 07/27)

グローバリゼーションの副作用

 地続きの、おしくは互いに行き来が容易な場所に広がる巨大な世界人口。体内生態系の撹乱によって防御能が低下したあまりにも多くの人々。人類はかつてないほど脆弱な状況に置かれている。
(p219)


糖尿病(1型、若い時に発症する)、グルテン、ピーナッツアレルギー、下痢など現代になって増加した様々な病気と、体内細菌叢の多様性減少が(間接的だとしても)関連しているという。
(2019 07/28)

とりあえず読み終え。
(2019  07/30)

細菌叢の多様さと医療への応用

上記読み終えた部分から少し。
体内の細菌叢の復元の為、比較的細菌叢が残っている人の体内細菌(糞便その他)を移植するという手法が試みられている。以前の抗生物質治療に比べ効果は高い。細菌叢が多様なのは、現代文明にあまり浴していない人、例えば、オリノコ川やアマゾン川上流域の民族など。もっと研究が進めば、病状に応じたピンポイントな細菌移植もできるだろう。こういった手法は、従来の「何でも効く」抗生物質(それだけ体内細菌叢全般に影響を及ぼす)治療より費用は上がるが、長い期間を考えるとこちらの方が効果的。
(2019  08/02)

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