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「われわれはみな外国人である 翻訳文学という日本文学」 野崎歓

五柳書院

読みかけの棚から
読みかけポイント:気になるところだけ、拾い読み


拾い読みあれこれ

とりあえず昨日と今日ちら読み
エシュノーズ「ぼくは行くよ」…と言って妻と別れた美術ギャラリー経営のフェレールが向かう先は北極?「快楽の抵抗地帯」(1994年来日時のインタビュー)

ジュネ3冊。
モラリーの「ジャン・ジュネ伝」は、サルトルの「聖ジュネ」始めとする泥棒作家、悪徳作家という伝説は作家自身が作り上げたエクリチュールの罠そのものであり、ジュネはそうした書くことのフランス語の伝統と対峙し広げていく役割をしていった、という。
ジュネのパレスチナ訪問に関する本「恋する虜ーパレスチナへの旅」。出てきたモティーフが再び取り上げられないことはなく、それは前の記述の評価を反転させる。
エドマンド・ホワイト「ジュネ伝」。モラリーのものの3年後。フランス人でない著者の立ち位置がフランス思想家達と距離を置きたがったジュネと隣り合う。

「密告」ピエール・アスリーヌ…書評家・伝記作家の彼が初めて書いた小説は、自身の体験を踏まえた、資料探しをしているうちに親戚のユダヤ人家族をナチ占領下に密告した手紙を見つけてしまう。それもその「密告者」は親戚一家が営む毛皮コート店のお得意客だったという…

「文盲ーアゴタ・クリストフ自伝」ハンガリー語を奪われフランス語で作品を書かざるを得ない作家の、フランス語に叩きつけた「否」。

 あの小説を特徴づける、奇妙なまでの表現の乏しさ、貧しさも、またその貧しさによってこそもたらされた、おそらくはいかなる国の言葉にでも翻訳可能だろうと思わせるような、簡潔きわまる小説の威力
(p197ー198)


(2019  12/31)

今日はちょっと冒頭のフランス文学古典編(といっても20世紀初頭くらい)を3編。プルーストの成長してからの自己をみる語り手の視点と、それを放棄する瞬間。ジッド選集どんなのかちょっとみてみたい。その前の石川淳訳の「法王庁の抜け穴」はまだ出てるのかな。ロートレアモンとランボー「酔いどれ船」の海への憧憬、海の生き物への憧れの相似。
(2020  01/07)

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(なんとこの記事を元に、葉っぱの坑夫さんが記事を書いていただきました。ありがとうございます(元の記事より相当充実している(笑)))

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