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「痕跡」 エドゥアール・グリッサン
中村隆之 訳 水声社
作者はマルティニク島出身でシャモワゾーの少し先輩。やはりというかフォークナーから一番影響を受けている、という。
1章全体段落替えなしの延々続く語り、という特殊な書き方。例えば、こんな感じ(ここまで読んだわけではない)。
《粉々になった岩のなかをわれわれは漂流する》時間を覆っているのは、哀れなのか滑稽なのか分からない動物の群れ、われわれのお供だ。たとえばアリ。
(p143)
これは新たな段落の始まりの部分なのだが、前の段落の最後と繋がっているということもある。とにかく書き方が独特…
(2017 05/22)
アフリカからマルティニックへ
どのようにそうすることができたのだろうか、あまたの海と恐怖、われわれが沈んだ海底のあまたの青い夜、自分たちの腹のなかに打ち込まれた太陽のような鉄球のあとで
(p19)
エドゥアール・グリッサン「痕跡」昨日から読み始め…だが、いきなり濃度が濃くて寝不足頭ではついてはいけない。冒頭のこの辺りはどうやら黒人奴隷貿易船のことを語っているようなのだが…
一人の人間は孤立していなくて、各々の人間はサトウキビの繊維で編んだ縄のように「雑に」結びついていた、ともある。ここではマルティニックの人々共通の深い歴史を掘り起こしている。序のヤム芋の苗の文章の実践。
なぜなら言葉には、大地の奥深く伸びるヤム芋の苗のように、長い時間をかけて掘り起こさなくちゃならない歴史があるからだ。
(上記の序の言葉)
(2019 11/02)
われわれ
ここでの〈われわれ〉は打ちのめされ、不可能であり、このために〈私〉の不可能を引き起こしている。マルティニックの誰かにするべき質問はたとえば「私とは何か」という一見して手に余る質問ではなく、「われわれとは誰か」であるだろう。
(p251)
語り手が語る〈われわれ〉とは誰か。例えば、こんな感じで物語は進んでいく。
たしかにある時期、われわれはこの娘のことを「アピチュエ」とまったく気にかけずに呼んでいた。
(p57)
この小説の大きなテーマの一つは、彼らの起源でもある大西洋奴隷貿易。この後出てくる「寝室魚」のお話もその比喩の一つらしい。
起源の問題にとり憑かれないためにわれわれは、少なくとも、どんな深みからも距離をとり、あらゆる試練も避けることで非常に念入りに自分たちを守ってきた
(p60)
(2019 11/13)
われわれとあんた
第2話目? 中心人物?マリ・スラの父母の話が第1話目。第2話目は祖父母の時代、主に森で拾ってきた娘(のちのマリ・スラの母)について。
この小説、前も書いたけど、「われわれ」という呼びかけ(というかなんというか)が独特で、それも話とか場面によって微妙にずらされていっているような気もするのだが、この娘が家出して森を彷徨い始めるところ、p74くらいから、それが「あんた」に変わる。
ここで呼びかけられているのは娘であるとは思うが、そうなると、娘は黒人奴隷の子孫という大括りの「われわれ」とは違うものなのか。そうしていくうちに出会うのが逃亡奴隷の子孫らしき人物…
この辺りの自意識の持ち方は、現地の黒人系の人でなければわからないのだろう。
とにかく、詩的難解な語り口に、立場が異なる話が重なって、立体的に見えてきた。
(2019 11/18)
「われわれ」再考
(そもそもちゃんと考えているのかは別にして(笑))
「痕跡」の「信じれば救われる話」を今日読み切り。ここでまた「われわれ」の語りの新側面が出てくる。
子どもたち(どこにいても「うるさいガキども」と呼ばれ、ありとあらゆるものを野卑な言葉でからかっていた、われわれ)
(p104)
ここでは「われわれ」についてだけ見てみると、この話ではマリ・スラの曽祖父・母のことが出てきているのだから…孫世代?マリ・スラの1世代前くらいの何人かが設定されているのかな。
でも、時と場によってわれわれという語り手、聞き手が変化しているのがこの小説の特徴だとすれば、そのように「われわれ」の位置を固定するのは得策ではないかも。でもなんとなく、奴隷船の時代から現代までの人物の総括、それら全体の子孫が話し合っているような気がしている。
もういっちょ。
われわれ(彼女の右手で口をぽかんと空けて突っ立っているが彼女には見えていない)には気にも留めず、だが、両の目であの沼とあの川をしっかりと見据えながら、彼女がこう自問しているのを聞いても。
(p107)
やっぱりそうか、登場人物には見えていない「われわれ」。見えてはいないのだが、無意識に話しかけられている、いつか誕生する未来の「われわれ」。
こうした重箱の隅つつくだけで精一杯な感じなんだけど…まだ半分以上残っているのだけど、今月中いけますか?
(2019 11/21)
独房と名前がわからぬ先祖たち
とりあえず、今のところ(25日午前10時)、第2部「時の中心」の「燃えた土地の記憶」まで読んだ。
過去も未来もぜんぶがこの独房の丸みのうちにある。だから夜の底にある過去のことは、名前や時期を特定しないで、じっくり考える方がよい、と。
(p124)
「独房」とは奴隷船から連れてきた黒人奴隷のうち、反抗的な者を入れたもの。
このあふれ出した穴から、織り交ぜられた記憶と忘却が大挙をなしてわれわれに押し寄せてきたのであり、その下で、われわれは、切れ切れになった物語がどんなものかを知らないけれど、これを必死に復元しようとするのだ。
(p125)
夜に第2部読了。ここは高祖父以上前の名が伝えられていない先祖達の話なのか。凶暴な動物譚を含む。
(2019 11/25)
われわれの位相
「痕跡」第3部でやっとマリ・スラが出てくるけど、同時に作者そのものっぽい人物も出てくる。島の高等教育機関に学んでいるらしいこの語り手はここでも「われわれ」と語る。この「われわれ」はなんか具体的な学校の友人関係とかを思い起こしているというよりは、レトリカルな拡大した意味で作者個人を「われわれ」と言っている…のかな、と思ったりして。
(2019 11/26)
マリ・スラは自分の頭のなかを吹き荒ぶこの音だけを聞いていた。はるか遠くからやって来て、言葉を引き抜き、巨大な沈黙を穿つ、この風の音だけを。
(p193)
(2019 11/27)
読書の痕跡
グリッサン「痕跡」。11/30になったばかりの頃読み終わり。
道は(じっさいは上っていたものの)沈んでいった、森の果てしない眩暈のうちへ、その原初の湿気のなかへ。われわれの身体を、騎兵隊の行進のような騒々しさで突き抜けた、絡み合うそれのうちへ。
(p226)
われわれはこれらのばらばらのわれをせっかちにかき集めるのだ、絶え間なく上っては沈む時間を両腕で揺らし、また掘り起こしもしながら、激しく裏返り続けて。それぞれが身体的不安を必死になって押し込めるのだ、われわれというこの厄介な闇のなかに。
(p239)
われわれという語りについて、結構書いて来た(その他がよくわからなかったということもあるが)けど、これらの文章などそのまとめにどうかな。語りを超えて自己論にまで踏み込んでいるような気もするが…
p226の文について補足すれば、「それ」という箇所に「スラ」とふりがながある。フランス語でそういうのかもしれないが、マリ・スラという名前がこの自己論と関係がない、ということはないだろう。
…かき集めないとすぐ空虚になって崩壊してしまう?
ま、とにかく、さっぱり人物関係とか筋とかわからず、1日に10ページくらい進めばよい方だ、というくらいに難しかった。使っている言葉自体は平易なんだけどね。それは作者グリッサンが一番影響を受けているフォークナーにも通じるもの。ということは、再読すれば全く違う見通しが見えてくるのかな。あるいは他の作品と関連するサーガ…
(2019 11/30)
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