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たべものエッセイ 10

「大好き! おべんとう」

 お弁当が好きである。
 以前、彼女に「何か食べたいものある?」とかれて「おべんとう!」と答え、あきれられたことがある。その彼女とはとうに別れてしまったが、まさか「おべんとう!」が原因ではなかろうな?
 子どもの頃からお弁当が好きだった。遠足での一番の楽しみはお弁当だった。遠足や運動会の中止が当日の朝決まると、お弁当を持って学校に行き、授業を受けた。毎回、遠足の日が当日中止になればいいと思っていた。小、中学校の時は給食だったので、お弁当は遠足や運動会の時だけの特別なものだった。
 高校生になると、母はほぼ毎日お弁当を作ってくれた。ウチの母は女手1つで姉弟きょうだい3人を育ててくれた。昼は競輪場の券売けんばいのおばちゃん、夜はスナックをやっていた。店が終わるのは夜中遅くなることも多々あった。いくら夜遅くまで働いていても朝5時半に起きてお弁当を作ってくれた。
 大学に通うようになると、自分でお弁当を作って持って行くようになった。学校までは片道3時間半かかるので、1限に間に合うためには朝の5:23発の電車に乗らなくてはならない。さすがに母は起こせなかった。それでも母は、焼くだけでおかずになる冷凍食品を買っておいてくれた。当時は電子レンジ用のお弁当のおかずなどほとんど売っていなかった。だから朝は必ずフライパンと火を使っていた。
 母はどんなお弁当を作ってくれたのだったっけ?
 小学生の頃は、赤ウインナーを焼いて塩を振ったもの、玉子焼き、シャケのおにぎり、梅干しのおにぎり、唐揚げなどだった。中学生になると、ウインナーがケチャップ味になったり、焼き肉やハンバーグになったりしたが、玉子焼きは王道だった。
 高校に入ると、それらの他に冷凍のチーズささみステーキなどが加わり、これが自分で作る大学時代のお弁当に継承されていった。
 高校の時のお弁当の時間で心に残っていることが3つある。
 1つは高校に入って初めてのお昼の時間。1年生の時は男子クラスだった。ちょうど中学の時の友人と同じクラスだったのだが、そいつの机を向かい合わせにし、会話をしながらお弁当を食べ始めた。ところが他の男子たちは皆、前を向いたまま誰と話すこともなく、ただ黙々とお弁当を食べていたのだ。まるで授業の延長だ。なんだか異様な光景だった。まあ皆、緊張していたのかも知れないが。
 2つ目はクラスメイトの「かに入り弁当」である。箱根から来ているそいつのお弁当には、ほとんど毎回、蟹が入っていた。蟹といってもズワイガニやタラバガニが入っているゴージャスな弁当ではない。沢蟹サワガニである。パカッとフタを開けると、いくつかのおかずに囲まれて、ご飯の上に3匹のサワガニがいたのである。煮てあるのか焼いてあるのかは分からないが、蟹がそのままの姿で並んでいたのだ。そいつは事も無げにその蟹を箸でつまみ、口に放り込んでバリバリと食べていた。そいつは猿に似ていたので、ひそかにその光景を「さるかに合戦の復讐」と名づけたのであった。
 3つ目は「火事場泥棒」である。当時早々にクラスメイトに彼女が出来た。お昼になるとその彼女が教室に訪ねて来る。他の男子はそれを一目見ようと、廊下側の窓に群がって行った。そのスキに僕と友人は空になった席にむき出しになっている他のクラスメイトのお弁当のおかずをツマミ食いして回ったのである。半分は遊びであったが、実に楽しかった(笑)
 楽しいおべんとうの想い出は尽きない。
          ーENDー

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