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【読了メモ】瀬那和章「好きと嫌いのあいだにシャンプーを置く」

 どうしても何もしない時間ができてしまったので、久しぶりにちゃんと本を読もうと思ったので、どうせなら、ちゃんと読んだ感想を文章としてまとめたいなって思ったので。

 そもそも、この本、多分最低でも3回は読んでると思う。多分出版してすぐくらいかな、ちょうどMW文庫にハマってた頃に、読んだと思う。諸々あって物理的な本を手放したくなって、一度ほとんどの本を売ったのだけど、去年ブックオフのスタンプラリーで何十冊か買った中で、やっぱりどうしてもまた読みたいなって思って買い直した。

 まず、僕の中ではありとあらゆるジャンルの”タイトル”の中で、過去にも未来にも、これほど優れたタイトルってそうそう他にはないと思ってる。読んだことないけれど、タイトルだけでは『アンドロイドは電気羊の夢を見るか』とか、『たったひとつの冴えたやりかた』とかその辺くらい、すごく好きなセンス。
 作者の瀬那さんはこの作品までは電撃文庫で、どちらかといえば当時のライトノベルの主流のような作品が多かった気がする。正直この作品以前の作品は読んでいないのだけど、そういう印象を受けていた。当時ライトノベルを読んでいた僕もあんまりその辺のラノベラノベしてる作品が好きじゃなかったので、興味を持てていなかったし、正直に言えばお名前も多分認識していなかった。
 ただ、この作品はタイトルを見て一発で好きになった。だって、『好きと嫌いのあいだにシャンプーを置く』って、なんでシャンプーなの? 好きと嫌いのあいだって何? って絶妙に興味をそそるでしょ。

 そして、数ページで、瀬那さんの文章はすんなりと僕にハマった。こう、すとんと、落ち着く文章。
 僕もいっとき小説を書いていたけど、理想としていたのは”タイトルで掴んで、一行目で掴んで、一ページ目で掴む”文章。で、この作品の出だしはこうだ。

 大人になるにつれて、好きの種類が増えていく。
 子供の頃は、好き、しかなかった。
 でも今は、色んな好きを知っている。好きだった、とか。好きになるかもしれない、とか。好きになってはいけない、とか。好きって言われたら付き合ってもいい、とか。

 瀬那和章『好きと嫌いの間にシャンプーを置く』より

 個人的に、細かく句読点で区切るの好きなんですよね。「好き、しかなかった。」みたいに。
 特にこの一二行目のテンポが好き。ほんとに好き。
 そして、この文章だけでこの小説が「好き」という感情についての面倒なことを諸々綴っていくものなのだと理解させてくれる。本当にきれいな文章だと思う。
 あと、前に読んだ時は気にならなかったのだけど、二つ目のお話、次女が主人公になる「恋にクーリングオフがアレばいいのに」の中にあるこの文章。

 私のことを見かねたように、雨がぱらぱらと降りだした。朝の天気予報は降水確率三十パーセント。少し無理をして降りだした雨に、そっと感謝する。
 瀬那和章『恋にクーリングオフがアレばいいのに』より

 この「少し無理をして降りだした雨」ってすごくない? 文法に関する詳しい学はないから難しい言葉は使えないけれど、主語は私でありながら、雨を主体とした視点での描写と自在に行き来するこの表現。ゾクッとした。
 こういう文章の機微に感情を動かされるのって、本当に素敵だと思うんだ。そして、そういう経験をできるのって、多分誰しもができるものじゃなく、本を好きになれた特権なんだと思う。僕はその点において恵まれている。

 さて、ここまで内容についてほとんど触れずに書いてきたけれど、当然ストーリーも、そしてMW文庫だけあってキャラクターも、大好きだ。
 文庫の裏に書かれているあらすじは下記の通り。

 七年前、年下の男の子に、好きだといわれた。それから、手も握らせないまま恋人のような関係をずっと続けている。そして、私はまた、彼とは別の人を好きになるーー(好きときらいのあいだにシャンプーを置く)
 神戸の街を舞台に、一緒に暮らす三姉妹それぞれの恋の、始まりと、真ん中と、終わり。同じ時間を過ごす三人の恋を、三篇の短編で描く、切なくて優しいラブストーリー。恋は、いつだって、私たちの心をつんとさらっていく。
 瀬那和章『好きと嫌いの間にシャンプーを置く』あらすじより

 「私たちの心をつんとさらっていく。」の「つんと」とか、さっき触れなかったけど、「雨がぱらぱらと降りだした。」の「ぱらぱらと」とか、絶妙に好きなんだよな。
 と、もう文章的な部分にこれ以上触れていられないので、ストーリーだけれど、あらすじにある通り、一緒に暮らす三姉妹の話だ。母は亡くなっており、父方の祖母の家で、祖母と父と生活していたところ、姉二人が都合がいいからと一緒に住んで広いマンションに引っ越すと決めたところに妹も一緒に住んで、仲良く暮らしている、という設定。最近流行りのお話だとそうはいっても三人ともなんかやましいところあっていがみ合ってるんじゃない? とか思うけど、三人はちゃんと仲がいい。正直こんな兄弟姉妹羨ましいなって思う。
 ストーリーは短編集というか群像劇のようなもので、同じ期間に起こった三姉妹の「恋の、始まりと、真ん中と、終わり。」をそれぞれの視点から書いている。お互いになんでも隠さず話している関係だけれど、知らないこともたくさんある。だから、その知らないことをそれぞれの視点から答え合わせしていく面白さもある。そんな感じ。

 タイトルの『好きと嫌いのあいだにシャンプーを置く』の主人公、長女・紗子(さやこ)。インテリアコーディネーターとしてバリバリ働くキャリアウーマン(って言っていいのか?)。あらすじに書いてあった通り、年下の男の子・シュンくんに告白されながら、彼と付き合うでもなく、美容師になった彼にシャンプーをしてもらうだけの関係を続けている。しかも、シュンくんとは別の人を好きになって、嫌いになる度に、その話を聞いてもらうためにシャンプーをしてもらいに行く。
 大体そういうストーリー。あらすじで「恋の、始まりと、真ん中と、終わり。」って書いてあったけれど、一応このお話は「始まり」なのかな、とも思うけれど、同時に「真ん中」でもあるように思うし、「終わり」の要素もある。
 社会に揉まれて、色々な”思い通りにいかない”を知っている、一番大人な紗子。けど、ひとつ下の妹には恋のアドバイスを貰ったり、どこか大人になりきれないところも魅力的で、読了後の印象は、可愛い人なんだよね。でも、彼女の歳をもうとっくに超えた今読んでみると、大人ってそういうもんだよね。子供の延長線上にしか大人はいないんだよ。そういう意味ではもしかすると若い子には彼女のことは理解できないかもしれない。でも、大人ってこんなもんなんだよ。
 あと個人的にはオチがこれでよかったです。ネタバレしない程度に。

 二話目の『恋にクーリングオフがあればいいのに』の主人公は次女の朝美(あさみ)。バリバリに働いている姉の紗子に比べると、コールセンターに勤めている彼女は「もう少しで人工知能にとってかわられる仕事をしている自分」と評して、姉にコンプレックスを抱いている。後述する妹の結衣(ゆい)もイラストレーターとして活動しており、自分だけ、というコンプレックスがある。一応、物語の初めの時点では三姉妹で唯一現役で彼氏持ちだけど……。
 付き合っている彼氏の亮輔(りょうすけ)は五歳年上で、イケメン。だけど元バンドマンで、今は居酒屋のバイトを週六でしているフリーターで、趣味はパチンコで、好きなものは男友達との飲み会。タバコはやめられないし、いつかなにかでっかいことをやるのが夢で、朝美の他にもよく遊ぶ女友達がいて、特定の恋人は作らない主義。朝美は亮輔の特定の恋人ではなく、恋人らしきもの。
 話の最初のシーンから、たまのデートではセックスしてラーメンに行くという本当になんというか、言いたいことは分かってくれると思うけど、なんでそんな男と付き合ってるんだよ……っていうようなダメ男。
 でも、最初からちゃんとセックスを書いてくれるあたりが、正直好き。少なくとも当時の電撃文庫のようなラノベだと全く無いわけではなかったけど、あまり直接的な性描写ってなかった。そこがMW文庫ではちゃんと恋愛の中にセックスが入ってくるのは、リアルだと思うし、それが特別なものとして書かれるのではなく、恋愛の中に差し込まれる描写として書かれるのが、好き。
 あとちょっとしたシーンなんだけど

「亮輔、いつも言ってるけど、それ、エッチの時は取ってよ」
 上半身裸の、彼の首かかっている銀のネックレスを指さす。
 (中略)
「でも、それがあると、裸じゃないよ」
 瀬那和章『恋にクーリングオフがアレばいいのに』より

 これ! これすっごい好き。こういう微妙なこだわりの描写、好きだなぁって思う。あとネタバレはしないけどこのシーン頭に入れて読みすすめるとちょっといい感じです。
 これも、「恋の、始まりと、真ん中と、終わり。」では「真ん中」なのだろうけど、最後まで読めばある意味で「終わり」でもあるし、「始まり」でもあるんだよな。僕みたいな恋愛未経験者からすると朝美の恋を羨ましいとは思えないんだけれど、でも、一つの形ではあるんだろうなって思うし、きっと幸せになれると思う。
 あと、僕も正直ろくな仕事をできてきたわけではないので、朝美のコンプレックスを感じる気持ち、すごくよく分かる。けれど彼女のいいところ、イラストレーターで才能が認められている妹とか、バリバリ働いてる姉とかに、一切憎しみとかネガティブな感情は持っていないところなんだよね。自分がコンプレックスを感じていることは理解しているけれど、それは自分に対してのネガティブな気持ちでしかない。その辺、見倣いたいなぁってちょっと思う。

 三話目の『嘘つきにシチューをまぜれば』は三女で末っ子の結衣が主人公。何度か触れてるけれど、彼女はイラストレーターとして高校在学中に活動し始め、大学には進学せず、今は姉たちと一緒の部屋でほぼ引きこもりの生活をしながらも次女の朝美と同じくらいの収入は得ている。同級生は今頃大学四年生と言っているので、22歳。末っ子でもこの年齢設定なの、絶対電撃文庫みたいなライトノベルレーベルでは書けなかったよね。
 彼女は、この話の中では結衣本人の視点だからあまり出てこないのだけど、姉たちにちょっと怒られると「あい」なんて答えて素直に従ったりするあたり、本当に可愛い妹感あって好き。
 彼女については、あまり語ることが難しい。姉二人の視点で読み勧めていた時の印象から、彼女視点なった時の印象で、ちょっとした驚きが僕の中ではあったので、それは自分で読んでもらうのが一番いいと思う。短編集という体をとってはいるけど、ちゃんとこの話の順番で読むのがいい。
 彼女は時々完全に引きこもることがある。お風呂とトイレと食事以外は二、三日出てこない時もある。それは姉二人の話でも触れられるし、姉二人はそれを受け入れている。なんなら「私、これから水とビスケットを買って帰ろうかと思います」と言った結衣に対して、朝美は「なにそれ。引きこもり宣言?」と返すくらい、結衣の引きこもりは姉二人にとってはそこまで特別なことじゃない。結衣は時々そうして引きこもることで自分の感情を整理している。だから、お互いになんでも隠さず話している姉妹の中で、姉二人は実は結衣のことをあまり知らない。けれど、結衣にとっては大事な姉二人だし、姉二人にとっても大事な妹だ。
 この話の中では彼女視点で語られていくので、当然地の文も彼女のひとり語りになる。やっぱり姉二人とは少し違う、幼いところやいわゆる”不思議ちゃん”な感じがしっかりと出ているのはとても可愛い。でも、それには彼女なりの哲学というか、彼女なりの思いがちゃんとある。
 姉二人が「恋の、始まりと、真ん中と、終わり。」で「始まり」と「真ん中」であった以上、これは「終わり」なんだけれど、実際に「始まり」でもあるし、実は「真ん中」だった一面もあるんだよね。ぜひ、姉二人の話を読んでからこの話を読んでほしい。

 パソコンで絵を描いて、合間にネットをふらふらして、なかなか放送してくれないオリックス・バッファローズの野球中継を見る。それでも嫌なことは生きていればやってきて、その度に、二人の姉に謝りながら、部屋に引きこもる。
 別に、何が嫌で引きこもっているわけじゃない。私はただ、人よりも、バランスをとるのが下手なだけだ。(後略)
 瀬那和章『嘘つきにシチューをまぜれば』より


 正直言って、この話、読む人を選ぶと思う。もともとがラノベレーベルの電撃文庫からの派生のMW文庫だったので、当時は少し色眼鏡で見られていた気がする。最近はそうでもないのかな。というか最近ライトノベルの定義がなろう小説系になりつつあるので、もはや全然別物だとは思う。
 そして逆にラノベを読むオタク層には正直ちょっとエグい話が多い。ちょっと触れたけど、若い子にはあまり理解のできない話も多いかもしれない。
 昔ラノベ読んでたなぁ、とか、きれいな文章読みたいなとか、あと今放送中のホリミヤでぶん殴られてるアラサー帯のオタクには、多分受けるんじゃないかな。発行は二〇一三年と少し古いけれど、ぜひ読んでほしい一冊です。
 この後作者さんが結構一般向けの話書いていたようなので、その辺もこれから読んでいきたいなと思ってます。
 では。

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