牟田照雄先生の御霊に捧ぐ

2月18日、犬塚博英様よりメールで、牟田照雄先生が2月7日にご逝去されたとのお報せを頂いた。享年101歳の大往生である。

 牟田先生は陸軍中野学校の卒業生である。陸軍中野学校は、諜報、防諜、謀略、そして遊撃戦を専門とする秘密戦士養成の陸軍の教育機関である。同校は、大東亜戦争直前の1938年(昭和13年)3月に「防諜研究所」として新設。同年7月より特種勤務要員(第一期学生19名)の教育を開始した。1939年(昭和14年)5月に同研究所は「後方勤務要員養成所」に改編、7月には第一期学生の卒業を迎える。1940年(昭和15年)には「陸軍中野学校」と改名し、1941年(昭和16年)には参謀本部直轄の軍学校へ転身する。その存在は陸軍内でも極秘とされていた。

 牟田先生は陸軍士官学校55期(騎兵)を繰上卒業し、陸軍中野学校に徴募され、終戦間際の1944年1月から9月に同校の第3期乙課程(三乙)として教育を受けられた。戦後に公安調査庁勤務となって、諜報や防諜の知識を生かし東西冷戦下で我が国の情報業務で活躍された。

「中野は語らず」という訓えの中で、その実態がよく分からない中、牟田先生は希少な生き証人であられた。私は、ダイレクト出版の「陸軍中野学校」の企画(ビデオと本の出版)で、先生に直接お目に掛る機会を得た。それ以来、先生とは数回お目に掛り、インテリジェンスに関わるお話を伺った。

 2021年4月23日には、先生が主催される勉強会の「梅花桜花懇話会」で「地政学から読み解く朝鮮半島情勢」という講演もさせて頂いた。拙著『「陸軍中野学校」の教え』(ダイレクト出版、2021年12月)の出版に際しては、「陸軍中野学校の思いでと日本の今後とるべき秘密戦体制」と題する特別寄稿をもいただいた。

 100歳近い先生は常に気力充溢し、好奇心旺盛で、世界情勢を熱心にフォローされ、インテリジェンス分析を継続しておられた。「私の生涯は、国家存立に不可欠なインテリジェンスの収集分析に貢献することである」と、私に宣明しておられた。

 世界情勢は一段と混迷の様相が深まっている。我が国は「安保三文書」の改定を機に、国防力の強化に舵を切った。戦前戦後、一貫してインテリジェンス業務に携わられた先生は、けだし、後ろ髪を引かれる思いで旅立たれたのではあるまいか。

戦後、憲法9条の悪条件下で、先生が営々として構築されたインテリジェンスの基盤・遺産が生かされる時が来たと信じております。

 牟田先生、どうか「護国の鬼」となられ、日本をお守りください。


福山隆退役陸将

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