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「チャイニーズ・タイプライター 漢字と技術の近代史」を読んで

2021年7月30日発行 トーマス・S・マラニー 著/比護遥 訳 の「チャイニーズ・タイプライター 漢字と技術の近代史」のを読みました。
https://www.chuko.co.jp/tanko/2021/05/005437.html

アルファベット・タイプライターの完成度

 アルファベットを元にしたタイプライターは、18世紀から様々な種類のものが試作されてきました。今のような形に落ち着いたのは、1873年のウィーン万博、1878年のパリ万博で出品、受賞したあたりからです。

 タイプライターの発明は、それまでの筆記による難読な文章を、誰でも読みやすい書類の作成、公式文書の作成として利用されるようになり、タイピストとい職業を生み出しました。タイピストは、当時は女性的職業とみなされており、女性の社会進出を進めることにもなりました。

 そのタイプライターを様々な言語に広げていく動きも出てきて、一時は、すべての言語が欧文タイプライターの仕組みで表現可能であり、逆に欧文タイプライターが対応できない言語は「劣っている」と言う見方をする人もいました。

中国語タイプライターの試み

 中国で仕事を行う英語圏の人の数が増えていくと、中国語を記述するもっと簡単な方法がないか模索されるようになりました。中国駐在の外国人は、中国語の文章を作成するには、中国人事務員に頼らざるを得ない状態だったのです。最初に中国語タイプライターを必要としたのは、欧米人でした。

 中国は、紙を最初に発明した国であり、印刷についてもグーテンベルクが15世紀に発明した活版印刷より早い時代、6世紀から9世紀頃には木版印刷(彫刻印刷)が行われていました。中国も活版印刷がありましたが、使用する文字数が多いこと、全体の美観が木版印刷に劣ることなどから廃れてしまいました。

 まず取り組んだのは、中国語にはどれくらいの数の漢字があるのかということです。漢字辞書として中国でスタンダードだった「康煕字典」には4万7千もの文字が載せられていました。しかし、中国語の主要な古典書物に実際に使われているのは3千から4千種類であり、どの文字を載せるかの選別が行われました。

 また、最終的に必要とされた3千種類の文字をどのように配置するか、それを紙に印刷する仕組みについても各種試みがありました。ドラム式、円盤式、1文字を分割して組み立てる方式などがありました。

中国語変革の試み

 いずれの方式でも、文章をタイプするスピードは欧文タイプライターにくらべ極めて遅く、このままでは中国文化が欧米に遅れを取るのではないかという危機感がでてきました。

 そのため、漢字廃止論がでるようになりました。中国は、1920年に初等教育のために常用漢字の選定を行い、文語中国語の口語への置き換えを行いました。また、発音は各地で異なっていたため、標準の読みをアルファベットに近い文字を使って表すことを行っていました。その表音記号のタイプライター化は、現行の英文タイプライターと同様の文字数に収まるため、欧米のタイプライター会社は飛びつきました。

 しかし、それは本末転倒でした。

我々中国人が言いたいことは、4000年に及ぶ優れた古典や文学、歴史を投げ捨てるほどの優越性が、単なるタイプライターごときにはないということだ。タイプライターは英語に合わせて発明されたのであり、タイプライターに合わせて英語が発明されたのではない。

"Judging Eastern Things from Western Point of View* Chinese Students' Monthly 8, no.3 (1913)

中国人による中国人のためのタイプライター

 中国人自らによるタイプライターの試作が始まります。必要な漢字の選定を過去の文献に頼る方法ではなく、中国語の植字技師から直接リサーチを行い、並べ方については利用者に任せるという自由度の高いものが出来上がりました。

 漢字の並び順は、すべて自由に変更できるため、熟練したタイピストは常に一緒に使う可能性が高い文字を隣に配置し、様々な工夫が行われました。その1つが1つの漢字からよく使われる文字を8方に広がるように配置するという方式で、約2500もの漢字を効率的に選び出すことができました。工夫された配列の方法は、集団式、放射式、要塞式、連韻式、重複字式などと呼ばれるものがありました。

個々のタイピストがそれぞれの身体の特徴に合わせ、好きなように活字版を配列するという文字配列の完全な民主化だ

Ronald Kline and Trevor Pinch "Users as Agents of TRechnological Change: The Social Construction of the Automobile in the Rural United States"


 この方式は、毛沢東の言説に合わせ、また自分の身体的特徴に合わせて配列が進化してきます。熟練していくほどタイピング速度は早くなるのですが、同じ機械を他人が使うことができないというデメリットがあります。

「少しずつ改善」か「一気に変更」か

 業務にベストな配列を作り出すには、「少しずつ改善」する方法と「一気に変更」する方法があります。

 「少しずつ改善」する方法は、タイピストが一人だけの職場に適しています。少しずつタイプ速度は改善されますが、2000文字の配置をすべて適切な配置にするには、かなりの時間がかかり、統一的な分類になりません。また、個々の機械の配列は全て異なります。

 「一気に変更」する方法は、十分に検討されたマッピングを作り上げ、活字版をすべて空にして組み上げていく必要があります。1度だけ集中して精神的かつ肉体的な労働をすれば、すべてを完成させることができ、すべての機械を統一した配列にすることができます。とはいえ、完成後に配列を覚えるのにも時間がかかり、しばらくの間タイピストの速度は損なわれることになります。

活字版の再配列は慎重に注意深く行われなければならない。軽率にやってはいけない。しかし同時に、すべての保守的な考え方を克服しなければならない

王桂華・林根生編『中国打字技術』

感想

 漢字廃止論は、19世紀中頃から日本でも提唱されていました。また、戦後にも漢字廃止の運動が活発になりました。代わりにかな文字や、ローマ字を使うなどの提案も出されましたが、撤廃されています。

 日本語のローマ字化については、GHQの提案によるもので、日本人の識字率を上げるためという名目でした。1948年、文部省教区研究所が行った15歳から64歳までの約1万7千人を対象とした読み書き能力検査では、漢字の読み書きができないものは2.1%にとどまり、日本の識字率が非常に高かったため撤回されました。この結果にGHQは「識字率が低い結果でないと困る」と遠回しに言っていたと言われています。 (Wikipedia https://ja.wikipedia.org/wiki/漢字廃止論 )

 日本語タイプライターについては、私の大好きな紀田順一郎さんの「日本語大博物館ー悪魔の文字と闘った人々」に詳しいです。今、Amazonポチりました。

 この本の中で日本は「中国語タイプライターの技術を使って日本語タイプライターを作成し、大陸への侵略にともなって日本語中国語韓国語が使えるタイプライターを売り込んだ国」という感じで書かれています。もっと、日本語タイプライターとの絡みがほしかったです。

 この後、中国語ワープロに関する続編が計画されているとのことで、楽しみです。

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