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【私案】「元の理」の構造と展開

コアLv▶▶▶▶▶︎

こんにちわ、福之助福太郎です。
今日は「元の理」の構造から思いを巡らせたいと思いますが、初めての方はまずこちらをご覧ください。

教えについての分かりやすい説明や教理の一般的な解釈を載せるつもりの投稿ではないという事をあらかじめご理解いただければと思います。

「元の理」

二代真柱さま著の『成人譜 その三 こふきの研究』(道友社、1957年)をはじめ、いわゆる"元初まりの話"が載っているものは多々ありますが、ここでは『天理教教典』における記述をもとに考えていきます。

なお「元初まりの話」が読み物になっている場合に、『天理教教典』「第三章 元の理」の冒頭が抜けている場合があるかと思いますが、「元の理」を教示された目的として重要な部分だと思うので載せておきます。

"親神は、陽気ぐらしを急き込まれる上から、教祖をやしろとして、この世の表に現れた、奇しきいんねんと、よふきづとめの理を、人々によく了解させようとて、元初りの真実を明かされた。"
(『天理教教典』、25頁)

区分

僕は「元初まりの話」は大きく分けて、
いざなみのみことが身を隠し、子等もその後を慕って残らず出直した
部分までと、
八千八度の生れ更りを経て、又もや皆出直し、最後にめざるが一匹だけ残った
部分からの2つに分かれるように思います。

それは、
①:月日親神と"○○のみこと"が中心の神の時代
②:人間が少しずつ成長していく成人の時代
という違いがあるように思うからです。

そして①の部分は
㈠男と女の雛型を作る
㈡夫婦の宿し込みと産みおろし
㈢三度の成長と出直し
の3つに分けることができると思います。

この3つの部分について、

で書いたように数を見ていくと、

㈠月日親神+雛型と道具→10(男5女5)
㈡いざなぎのみこと+いざなみのみこと→2(男1女1)
㈢"子"という存在→1

であり、それは②に出てくる

・めざるの胎に男五人女五人の人ずつ
・人間の胎に男一人女一人の人ずつ
・一胎に人ずつ
という数と一致します。

そう考えると、①と②において数字の展開が繰り返されている、つまり同じ構図になっているように感じます。
これに色付けをすると下図のようになります。
オレンジ:㈠と対応 / 緑:㈡と対応 / 青:㈢と対応

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かぐらづとめとの関連

先ほど分けた①の3つを上記の前回の投稿と同じく、数と手振りの関連から対応させると、

㈠男と女の雛型を作る→第一節
㈡夫婦の宿し込みと産みおろし→第二節
㈢三度の成長と出直し→第三節

となります。
そこで、㈠男と女の雛型を作る ための手順をみていきます。

第一節

動物→神名で2つの手順としますが、動物(を引き寄せて承知)→(食べて道具or仕込み それに対する)神名 なので(  )内が意味する事で数えても良いと思います。
また、月と日は後の記述と同様に別個として捉えますが、
1:月日
2:人間を造り陽気ぐらしするのを見てともに楽しもうと思いついた
でも良いと思います。
以上を踏まえて男と女の雛型を作る手順のポイントをみると、

1: 2:
3:うを 4: 5:しゃち 6:かめ 
7:いざなぎ 8:いざなみ 9:月よみ 10:くにさづち
11:うなぎ 12:かれい 13:くろぐつな 14:ふぐ
15:くもよみ 16:かしこね 17:をふとのべ 18:たいしよく天
19:どぢよ(人間のたね)
20:月→いざなぎ 21:日→いざなみ

の21の手順になると思います。
また、18番目に"たいしよく天のみこと"の神名を授けたところで雛型と道具が定まり人間創造に向けての一区切りになるので、かぐらづとめにおいてこのタイミングで合図木を打つという解釈もできそうです。
21回については、"十分たっぷりはじまる"や"切る理×つなぐ理"などがよく見聞きする納得のいく解釈だと思いますが、人間創造における手順の一つ一つを考えながらつとめてみるのも味わい深いと思います。

第二節

続いて、人間創造の守護を教えられますが、文言と手振りの関連から

〇人間創造の守護を教え:かみのいふこときいてくれ
〇三日三夜:このよの
〇いざなみのみことの体内に宿し込まれた:ふうふをこしらへ
〇三年三月留まり:きたるでな
〇七十五日かかって、子数のすべてを産みおろされた:このよのはじめだし

という対応とも言えそうな気がします。

第三節

そして、

〇五分→五分五分と成人→三寸、出直
〇五分→五分五分と成人→三寸五分、出直
〇五分→五分五分と成人→四寸、いざなみのみことが身を隠す→慕って出直

が第三節のつとめ方と関連するように思います。

催合う立て、仕込みと生み出し、成長、発展

①と②が数の展開から同じ構図で、かぐらづとめもそれに対応すると考えると下図になります。

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このように見てみると成長に関して3つの段階があり、その次に大きな変化をして発展していくようにも感じます。

第一節即十全の働き

諸井慶一郎さんの『理のはなし』において、第一節の手振りに「十分の守護」と「八つのほこり」が込められているという解釈のもと、興味深い手振りの解釈がされていたのでポイントを紹介します。

【あしきを】
月日様への報恩の合掌。合掌をほどくのが「あしき」。[月日
【はらうて】
・うなぎが尾の方へぬるっと苦を逃れ下がる姿。上から下への循環の動き。[うなぎ
・蛇が鎌首を持ち上げぬっと立ち現れるように、神様の理、相手・人様の利を立てる姿。向こう側から引き出される動き。[黒ぐつな
【たすけたまへ】
・亀が踏ん張る如く、両手のひらを腹の前に揃えてしっかり地に伏せる姿。[
・伏せた両手のひらをひっくり返し、両手のひらを胸の前に揃える、鯱の姿。[鯱(しゃちほこ)
【てんりわうの】
・右手のひらを肩の高さに伏せて、神様をお呼びし、高みに浮かび上がらぬ鰒の姿。思い切る動き。[鰒(ふぐ)
・右手に揃えて、左手のひらを肩の高さに伏せて神名をお呼びする。どこまでも右に添うて行く鰈の姿。[鰈(かれい)
【みこと】
・両手のひらを腹の前に揃えて伏せる、伏せ込みの「身」の姿。[み(巳・白蛇)
・両手のひらを上向きに付け、胸の前に揃える、「こと(事)」を受ける「心」の姿。[うを(魚)

この解釈からも第一節と①の㈠との対応が言えると思います。

「元の理」の展開

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「元の理」を元初りの真実を明らかにされただけでなく、あらゆる事柄に通じる法則という解釈をするなら、「元の理」における展開を様々な事柄に当てはめて考える事もできるように思いますし、宇野和晴さんの『お道の勉強 元の理』などにもそういった解釈がなされています。

そこで、上記の構図をもとに教祖の御生涯を考えると、

ⅰ:ご誕生 以降
ⅱ:ご入嫁 以降
ⅲ:月日のやしろ 以降
ⅳ:現身をお隠し 以降

と言えるように思います。

また、明治20年5月6日のおさしづに"三尺まで水中住居"とあり、「神の古記対照考」(吉川萬壽雄『復元』第十五号、1949年)や「正文遺韻補遺」(諸井政一『復元』第十六号、1949年)などにはそれぞれ若干記述が異なりますが、

三尺になった時に「天地海山分り掛け」「成長に応じ食物を与え」、
五尺になった時に「天地海山水土速かに分りし」

という内容が載っています。
そこから考えると、三尺から五尺になるまでは、天地と海山が徐々に分かれるにつれて少しずつ陸上の生活に移行する期間とも考えられると思います。


それをもとに啓示について、

ⅰ:立教〜おふでさきご執筆開始(第一節・第五節、立教から30年)
ⅱ:おふでさきご執筆開始〜陰暦正月二十六日(第二・四・三節、擱筆)
ⅲ:陰暦正月二十六日〜本席出直(人間の自立への移行期間)
ⅳ:本席出直 以降

と考えると、明治40年6月9日の最後のおさしづの"皆々心勇んでくれ/\。"という結びのお言葉がより力強く感じられます。

また、
・めざるが一匹(一にん)=教祖御一人
・人間の成人の道を示した神直々の教え=文字の仕込み
・三千九百九十九年の始まり=教祖
という解釈と、それについて

"元の理全体が過去形で書かれていますが、親神が「陽気ぐらし」世界完成の時からふりかえって、人間の成人の様を述べられたと考えれば不都合はないように思います。"
(柏木大安『元の理を考える』白堂社、1986年、170-171頁)

としているのも、とても示唆に富んだ解釈だと思います。

最後に

今回は「元の理」の構造から色々と考えてみましたが、「元の理」こそこの教えの"ブラックボックス"という感じがします。
全く的外れな解釈かもしれませんが、色々な解釈を試みる中で心に治まる所があればいいのかなと思います。
また個人的には、今回紹介した解釈なら座りづとめと「元の理」全体がリンクするので、"元初り"や教祖に思いを馳せながらおつとめができる実感があります。
日々のおつとめが「元の理」の追体験だという認識を持っておつとめをするのも意義深いように思います。

お付き合いいただきありがとうございました。

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