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日本語の時間表現の「前後」

ゆる言語学ラジオで私が出演した#78のコメントを見ていて、あ、これは誤解を与えたので追記しないといけないかな...。と思ったのでエントリを書くことにしました。

動画内で私が、「ジェスチャーを分析すると、英語は未来が前、過去が後ろ。アイマラ族は過去が前になるらしい」という研究を紹介しました。

その前に私が、時間表現は空間的語彙で表されるという説明をしたときに、例として「前にやった」「後でやる」「時は来た(それだけだ)」を紹介したこともあり、日本語はアイマラ族と同じで過去が前、未来が後ろですね?というようなコメントが複数ついていました。いやあ、よく観察しているなあと思いました。自分がこの類の講義聞いている学生だったら確実に聞き流していたところです。

結論から先に言って、日本語話者の認識を見る研究では、日本語は英語と同じで「未来が前」、「過去が後ろ」ということを示唆するものが多数だと思います。日本語話者の皆さんも、未来は後ろにあると言われるとちょっと違和感があるのではないでしょうか。ジェスチャーも過去は後ろ、未来は前で示すと思います。「そんなのはもう過去のことだぜッ!」といって前を指すとちょっと私は違和感を覚えそうです。

実は日本語にも英語にも、過去を「前」のような表現で示し、未来を「後」と表現することはあります。In the weeks ahead of us… と言えば未来は前ですが、In the following weeks… と言えば未来は後ろにあるっぽい表現になります。

じゃあなんで、認識としては未来が「前」なのに、未来を「後」と表現することがあるのか、ということなんですが、ざっくりいうと、ことばを使う際は、自分中心の視点から見ているように表現する時もあれば、「時間の進行方向」に認識を合わせるように言語を表現することもある、という説明がされます。

上述したように、「時が来た」は、自分が時間を過去から未来に進行している見方ではなく、時間の方から迫ってくるような表現です。このような認識のときは、時間の進行方向が「前」になるので、自分から見ると「後ろ」にあるはずの過去が「前」と表現されるというわけです。

言われてみれば確かに、英語のIn the weeks ahead of us… や、「先を見越す」「前(未来)を見て進む」みたいな表現は、自分が見ているままに表現しているように感じるのに対し、In the following weeks… や「予定後ろ倒し」なんかは自分の目で見てる感覚が薄く、ちょっとメタ的な感覚がある気がしませんか。

これはどちらのの認識でもとれるという曖昧な文もあって、例えば以下の文はとても有名です。前の記事で紹介したBoroditsky先生はこの例文を使ってよくご研究されています。

”Next Wednesday’s meeting has been moved forward two days.”

(次の水曜日の会議は二日前に動きました。)

forwardを自分目線で捉えれば金曜、時間の進行に合わせると逆になるので会議は月曜日になります。

ちなみにこの文、判断する人に写真を見せて、コロコロがついてる移動式のオフィスチェアに自分が乗っていると想像させるか、その椅子をひもで引っ張って椅子の方を移動させることを想像させるかで、その後の解釈の傾向が変わるみたいです。前者だと自分視点を持ちやすくて、後者だと時間が向かってくる認識を得やすいということみたいです。いやホント、よくそんな実験考えつくな...。


以上です。今回言及した内容を扱っている文献は以下の通りです。

Boroditsky, L. (2000). Metaphoric structuring: Understanding time through spatial metaphors. Cognition, 75, 1-28.

Boroditsky, L., & Ramscar, M. (2002). The roles of body and mind in abstract thought. Psychological Science, 13, 185-189.

Lakoff, G. & Johnson, M. (1980). Metaphors We Live By. The University of Chicago Press.

Moore, K. E. (2006). Space-to-time mappings and temporal concepts. Cognitive Linguistics, 17 (2), 199-244.

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