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【第4話】綺麗事ばかりの正しい夫は息苦しい!?――東出昌大の演技と涼太の狂気の奇跡のマリアージュを見よ

●“正しくていい夫”に疲れてしまう不倫ドラマの残酷なリアル

最近、『あなたのことはそれほど』の渡辺涼太(東出昌大)のモノマネが、筆者のマイブームになっている。「夕飯は旬のホワイトアスパラ食べようか」「明日、アンデスの塩でグリルにしよっか」あたりが鉄板フレーズだが、最近はこれに「こんなに食べたら、柴犬から秋田犬になっちゃうよ」もお気に入りに加わった。

似せるポイントは、心のこもっていない空元気なテンションで、鼻にかかった声を少しうわずらせながら、与えられた台詞を読んでいるかのようなわざとらしい抑揚で一本調子に語りかけること。目を見開きながら作り笑顔で発声すると、より涼太の表情筋のコンディションに近付くことができる。

勘違いしないで欲しいのは、私は東出昌大の演技力について何か批判や揶揄を下そうとしているわけでは決してないということだ。確かに、彼の狂気をはらんだ演技は回を追うごとにエスカレートし、「冬彦さんの再来」という世間の下馬評に味をしめたのか、ここ最近は完全に“やりにいってる”感がある。

しかし、キャラクターは過剰にデフォルメこそされているものの、その奥にある“いい人なんだけど、空気が読めない上に真意を表に出さないので、人から(特に恋愛において女性から)あまり生理的に好かれない感じ”は、涼太という人物の本質をものすごくうまく表現していると思う。こういう不器用な人って、実はけっこう存在していて、それなりにリアルなんじゃないかと思うのだ。

さて、第4話は、そんな涼太のこのドラマにおける役割が徐々にはっきりしてきた回だった。

第1話で「有島君…」という寝言を聞いて以来、美都の携帯を日常的にチェックしながらも、ウソが下手な彼女の言動を追及せずに泳がせていた涼太。ところが、第3話で彼を“柴犬くん”呼ばわりするLINEを見てから、疑惑は確信へと変わり、嫉妬と怒りと監視の目をいっそう強めるようになる。それでも、表面上は“優しくていい夫”を取り繕い続けるさまは、見ていてヒヤヒヤものだ。

一方、美都は、緑内障の疑いのある母・悦子(麻生祐未)を、勤務先の武蔵野眼科で診てもらい、ついでに医師の花山(橋本じゅん)と3人でランチをすることに。結婚経験のないシングルマザーの悦子が、結婚のメリットは何かと尋ねると、バツ3の花山は「悪口を言えるところですかね」と答える。

花山「だって、他人には人の悪口なんて言えないでしょ。でも、夫婦なら言える。憎しみ、怒り、嫉妬……そういう心の黒〜いところを見せ合えるのがいいとこですから」

しかし美都は、毎日“幸せ報告LINE”を送ってくるような“ポジティブ押し売り野郎”の涼太に対しては、自分の“黒〜いところ”を見せ合えないと感じているようだ。

美都「涼ちゃんは普通の人だ。普通の、すごくいい人だ。だから誰かを憎んだり、嫌ったり、怒ったりする姿を見せない。毎日幸せを探す涼ちゃんはいい人だけど、けど……“本当の話”ができない。“本当”には、私の黒~いところも入るから」

その夜、「私に怒っていいんだよ?」と言ってみるが、涼太は「喧嘩しなくて済むなら、そのほうがいいでしょ」「(悪口とか)そんなこと言っても何も解決しないし、人を憎むのは、疲れるからいいよ」と取り合わない。そんな彼に美都は、「でも、綺麗事ばっかりも疲れる。疲れるよね、普通」と感じてしまう。

共働きだが料理は率先して担当し、まめで誠実で美都の嫌がることはせず、綺麗事ばかりでポジティブなことしか言わない涼太は、いわば“ポリティカル・コレクト(政治的・社会的に公正・公平・中立な)的に正しい夫”だ。しかし、彼と一緒にいると、美都は自分のネガティブで黒い本音を見せることができず、息苦しさを感じてしまっているのだ。

そんな彼女がなぜ、誠実な関係の期待できない、遊ばれることが目に見えているチャライケメン・有島に走るのか。

第3話で子供の写真を見せられた美都が、「他人の子どもなんて、ちっともかわいくない」と思わず“黒い本音”を漏らしてしまったとき、有島が何も言わずに抱きしめたことを、彼女は“本当の私を受け入れてくれた!”とメルヘン解釈する。

いやいやいやいやいや、それ、ホテルに部屋取っちゃったし、ただヤリたいだけですから! 客観的に見れば、どう考えてもそれは“受け入れてくれた”のではなく“スルーされた”のであり、“遊び相手の人格とかモラルとか知ったこっちゃない”からなのだが……。

“ポリコレ疲れ”という言葉を安易に使いたくはないが、私たちは公の場所で守るべき建前を“綺麗事”と一段下に見てしまう傾向がある。少なくとも恋人や夫婦といった親密な関係においては、涼太のような“正しい人”がモテるとは限らない。むしろ、彼のような融通の利かない正しさは、“真意が見えなくて不気味”“共感力がなくて息苦しい”として敬遠されてしまうことすらある。

そんなとき、“汚い本音”や“黒い部分”を受け入れ、“ポリティカル・コレクト的に正しくない自分”を許容して一緒に間違ってくれる相手を、人は“真の理解者”だと思ってしまうのではないだろうか。美都は、アメリカにいたらきっとトランプに投票していたタイプだろう。

もしかすると、ここ数年の不倫ドラマの人気は、こうした“正しさに対する息苦しさ”への反動なのかもしれないし、現実の不倫報道が過剰なまでに叩かれるのは、「お前だけこの息苦しさを抜けがけしやがって」という同調圧力なのかもしれない。

●ゆるふわ不倫のしっぺ返しは“変わらず愛する”という暴力

そんなこんなで、美都の“有島くん信者”っぷりは、ますますエスカレートするばかり。

妻の麗華(仲里依紗)が里帰りから帰ってきて、今までのようには会えなくなると聞いてぐずる彼女は、有島から「趣味を持て。俺に会えないとき用に」と提案される。

言われた通り、素直に陶芸教室に通い始める美都だったが、「趣味を持て」って要するに、“自分に依存されて面倒なことになりたくないから、依存先を分散させてほしい”ってことだよね? 「趣味は美都」とか言われて、「有島め〜!」とニヤニヤ喜んでる場合じゃないぞ、美都!

とにかく、秘密の関係にもかかわらず、美都のセキュリティはガバガバ。部屋のドアがいつも微妙に開いているせいで、浮かれている様子を涼太にのぞかれすぎだし、有島に会える・会えないで、露骨に涼太の前での態度が変わってしまうのもスキだらけだ。

涼太の同僚・小笠原(山崎育三郎)や、モブキャラ感がすごい有島の同僚にまで密会現場を目撃されちゃうし、母・悦子や医師の花山に至っては、早くから直感で後ろめたさを察知されていた。

とにかく、証拠残しまくり目撃されまくり察知されまくりで、脇が甘すぎる。“脇スイーツ女子”と名付けたいくらいだ。

そうやって浮かれてるから、陶芸教室で知り合った主婦から「家庭平和のため、お気楽な趣味で息抜き」と言われるまで、「趣味は美都」=「不倫は家庭ありきのただの息抜き」という意味だと気付けないんだYO!

ついには、子供が急に熱を出したため誕生日デートをドタキャンされると、「重病じゃないなら、有島君がついてたって変わらないよ、きっと」と、有島をわざと困らせるイヤイヤ期の2歳時並みの試し行動を見せる美都。あかん、それメンヘラ一直線のルートやで!

そんなゆるふわ不倫の因果が巡ったのか、涼太との誕生日&結婚記念日デートで、彼女はとんだサプライズプレゼントをぶちかまされることになる。

ディナーの途中で、涼太は突如、今まで美都の携帯を見ていたこと、寝言で有島の名前を呼んでいたこと、夜遅く帰る日の前後は機嫌がいいと気付いていたことなどをバラしはじめる。それでも、傷付くのが怖くて今まで確かめられなかったと。

ここにきて、涼太の“どこか与えられた台詞を読んでいるような”不自然で真意が読めないキャラクターがグッと生きてくる。彼は、“優しくて誠実な正しい夫”に自分を縛り付けようとするあまり、自分の憎しみや嫉妬、怒りといったネガティブな感情を抑え込み、自意識をコントロールできずにもてあましていたのだ。そして、それは思わぬ形で爆発する。

涼太「安心して。僕はまだ大丈夫だ。君が呼んだ名前の番号、僕の携帯に登録した。電話したら、どんな人間が出てくるんだろう。僕は確かめることができる。でも、かけない。聞いたら、知ったら僕は、自分がどうなるのか、怖い」

自分で「僕はまだ大丈夫だ」と言う人間が、大丈夫だったためしはない。涼太が全然大丈夫じゃないことは、張り付いた笑顔で繰り出された次の台詞が、恐ろしいほどに物語っている。

涼太「みっちゃん、僕はこの先どうあろうと、今の君がどうあろうと、ずっと君を愛する。大丈夫なんだ。ずっと変わらず君を、愛することができるよ。誓うよ。これが僕の、プレゼントです!」

押し込められた正しさは、ときに狂気や暴力になるという不都合な真実。それがこのドラマのプレゼントなのかもしれない。「これが僕の、プレゼントです!」のモノマネの完コピを目指しつつ、第5話を待ちたいと思う。

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【2019年の福田から一言】
このドラマ、不倫ドラマの体裁を借りて、大衆が「ポリコレ疲れ」してしまう心理、そしてポリコレを蹴散らすようなものに惹かれて/憧れてしまう心理を描いたという意味では、結構よくできた脚本ではあるんですよね。それをあえてセンセーショナルな展開やサイコ風の演出といったあざといわかりやすさでコーティングしているようにも見える。ドラマの手つきとしては好きじゃないけど、結果描こうとしてることは秀逸な、不思議なドラマだったと思います。


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