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『ショムニ』を考える(第一話、第二話 視聴後)

皆さんは「ショムニ」というドラマをご存じでしょうか。
漫画が原作になっていたとは知らずに、遠い昔に見た記憶を抱えたまま、ろくに振り返りもせずにここまで来てしまいました。

シーズン1は1998年放送スタート。
今から約25年前、四半世紀前か。

そもそも最近お気に入りの「オモコロちゃんねる」さんでたびたび紹介されていたので、改めて確認してみようと思い、検索してみると・・・
なんとあるではないですか。Youtubeに。
ということで早速第一話「女の墓場 庶務二課」、第二話「今夜はラブラブ接待」観てきましたので雑感を記します。

まずオープニング曲から勢いがあって非常に良い。
SURFACEさんの「それじゃあバイバイ」。
いい意味で洋楽チックで歌詞もイケてるし、カメラワークもカッコイイ。
こんな風に撮れるんですね、できるじゃん日本、って感じ。
登場人物の人名もローマ字表記か。
少し前ならイタイって思われちゃうかもですけど(もしかしたら今も)、個人的には世界を意識してたんだなと感心。
この頃の日本はまだ外(海外)の目を意識してたんだな。音楽にもその意識がちゃんとある。
近頃はインターネットで情報が手に入ってるはずなのに、変にドメスティックに閉じちゃってる気がして・・・。なんか突き抜けないですねー。

初っ端から不倫の話かよと思いつつ、非常に明るく描かれてますね。この当時は。全然ドロドロした感じがない。

満帆商事の社長の登場シーンも伊丹十三監督作品を思い起こさせるようで、いい意味で古い日本の偉いさんって形で定型化されてます。

そうこういってもやっぱり問題は庶務二課。
薄暗い通路を通って、たどり着いた倉庫の薄暗さったら・・・。
ほんと下手なホラーより怖いです。。。

みんなキャラが立ってて、全然愛想よくないのに、悪い人じゃない感じ。
これがまた非常に良い。いい意味で「私は私」って感じ。
なんだろうな、この興味ないふりしてちゃんと関心がある感じは。
絶妙な距離感に拍手。

新入社員の子が、案の定辞めそうになるシーン。
江角マキコのセリフが響く。
「世界も会社も私のためにある。だから私は利用する。」
「あんたには自分がない。」
こんな風に言い切れるドラマ、今時ありますか。
この言葉は重い。直感的にそう思いました。

日本はバブル崩壊からわずかまだ立ち直っておらず、かといって古い価値観もまだ残っている時代。国際的な取引の場面などは、海外企業と日本企業がやりとりしていたことを暗黙に示していますね(描き方はまだかなりステレオタイプですが)。同時期のドラマ「太陽がいっぱい」や「恋ノチカラ」にも似たいような場面が出てきますね。
翻って今のドラマにも出てくるんですかね・・・。
こういうところでも外に確かにつながっていたこと(そして今つながっていないこと)が暗黙の裡に示されている気がします。

「人とのつながり」がドラマの核になっているにも関わらず「システムを利用してやる」という度胸と「自分を捨てない」という意志をはっきり示していることは、この頃の日本のドラマの白眉といえる部分でしょう。しかも「自分を捨てない」=「自分を守る」ではなく、むしろ対世界との関係を逆転させて、世界を自らを脅かす「敵」とみなすのではなく、自らが楽しむための「舞台」とみなすところに、非常に知的な主客転倒の術が潜んでいるな、と思います。

伝統的な価値観が崩れていく中で、当然ながら女性としても生き方も変わらざるを得ません。これまでのようにお行儀よくしていれば幸せが舞い込んでくるということはなくなった、という認識がこのドラマの「たくましさ」を下支えしているように思います。少し前に相川七瀬の「夢見る少女じゃいられない」(1995)がリリースされていること。これは外せないポイントでしょう。

それではまた次回。バイバイ。




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