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メラニー・クラインの大人の分析記録

2024年度4月開講の小寺臨床講読セミナーでは、精神分析過程を主題として、二つの著作を軸に読み進める予定である。その一つは、2021年にジェイン・ミルトンからメラニー・クライン・アーカイヴの管理人を引き継いだクリスチーヌ・イングリッシュによる、『メラニー・クラインの大人の分析記録』(2023)である。

ウェルカム図書館は、1984年にメラニー・クライン・トラストから、それまでハナ・シーガルの自宅に保管されていたクラインの刊行されていない草稿・資料を寄付され、以来その何万ページを管理してきた。研究者たちは実際に訪問してAからFまでその分類(A. Personal and biographical, 1879-1982; B. Case material; C. Manuscripts; D. Notes; E. Controversy within the British Psycho-Analytical Society, 1939-1944; F. Family Papers (Accession 361))に従って資料を指定すると、トレイのような箱に入れられた実物を手にすることができた。一時期にコピーできる量は、数十枚に制限されていたように思う。
それが2018年には、すべて電子化されて公開され、ダウンロードも可能となった(https://wellcomecollection.org/works/t8hek62d一部の素材は、2030年代まで公開制限あり)。
しかし膨大にある点に変わりはない。クラインはベルリン時代の臨床記録をそのままロンドンに持ち込み、保存し続けていた。グロスカスの伝記は、クラインの初期の患者たちが自分の子供ばかりのように推測していたが、その誤りは、クラウディア・フランクによる記録の再現と考証によって否定された。Melanie Kleins erste Kinderanalysen(1999)は、アーカイヴからのまとまった研究の一つである(2009年に英訳版)。
クラインのD.つまりメモには日付のないものが多く、一部を見ても系統立った理解は困難である。ジョン・スタイナー(2017)によるクラインの技法論の整理は、一部を抽出したものである(Lectures on Technique by Melanie Klein. Edited with Critical Review by John Steiner)。
2014年にスピリウス(1924-2016)を継いでアーカイヴ管理者となったジェイン・ミルトンは、アーカイヴから興味深い主題とテクストを取り出して、ブログで論じた(https://klein-archive.tumblr.com/)。最終的に、彼女はクラインの原稿をまとめて、他の研究者たちの論考とまとめて刊行した。クラインのアーカイヴの特徴は、臨床記録が相当残っていることである。論文を入れた段ボール29箱のうち、12箱がそれに該当する。そこからまずB氏の経過を整理したのが、Melanie Klein’s Narrative of an Adult Analysisである。この患者は、クラインの論文「喪とその躁鬱状態との関係」(1940)に登場し、スピリウス・スタイナーも紹介していた。
ミルトンを引き継いだイングリッシュは、多くのメモからB氏の面接を可能な限り復元した。それが上記の本である。「B氏の分析は1934年に始まり、少なくとも1946年まで、おそらく1949年以降まで続いた。治療中、B氏は第二次世界大戦に召集され、時折休暇をとってロンドンに戻ると、クラインは彼に会うための手配をし、彼はそれに明らかに大変感謝した。1939年秋、ロンドン空襲を恐れてクライン自身がケンブリッジに一時的に引っ越し、さらに1940年7月から1941年9月まではピトロッホリーに引っ越したため、分析も中断された。このような中断があったにもかかわらず、アーカイブに残っている約16年にわたる数ヶ月のセッション資料によって、私たちはB氏の困難の性質と分析の軌跡の全体像を、かなり把握することができる。」(「序論」より)

クラインの子供との仕事は、上に紹介したフランクの研究所や、リチャードを扱ったクライン自身の『児童分析の記録』にその一端を見ることができる。後者はクラインが晩年にエリオット・ジャックスの助力を得て、自ら解説を加えて残したものだが、特殊な事情での限定された比較的短期間(4ケ月)の面接記録である。それに対して、今回の本は、残された面接記録や資料から、イングリッシュが復元したものである。クラインの大人との仕事を初めて通観できる点で、今までにない価値があるだろう。
以下は、寄せられた賛辞である。
「本書は、メラニー・クラインの思想の源流に関する非常に優れた仕事であり、臨床家としてのクラインの魅力的な姿を提供し、精神分析が提起した最も深い疑問の多くに光を当てている。『Narrative of an Adult Analysis』という書名にふさわしく、本書はクラインの仕事を理解する手段として、『Narrative of a Child Analysis』に匹敵するものになるかもしれない。クリスティーン・イングリッシュは、クラインの臨床覚書を見事にまとめ、解説している。本書は、クラインの考えを彼女のセッションの細部から探求することを可能にし、彼女の理論に直接的な臨床的証拠を提供している。」(ジョン・スタイナー)
「クリスチーヌ・イングリッシュは、非常に興味深く、重要な本を生み出した。それは読者の心を掴むものでもある。本書は、メラニー・クラインが大人の患者を精神分析的に治療していた日々の記録としては初めてで、今のところ唯一のものであり、人を虜にする。メラニー・クライン・トラストのアーカイブにあるクラインの膨大な覚書にアクセスした著者は、クラインの非常に独創的な思考と分析の方法を、詳細かつ表現豊かに説明している。本書は精神分析研究にとって重要かつ刺激的な追加となるだろう。」(プリシラ・ロス)
「クリスチーヌ・イングリッシュはこの仕事で、クライン研究において非常に重要な一歩を踏み出した。彼女はクラインのアーカイヴの非常に豊かな編み目を活用し、クラインが成人患者B氏についてどのように考え、どのように働いていたかを見事に説明する、広範で詳細なセッション記録をまとめた。この貴重で感動的な大人の分析の記述は、クラインの子供の患者リチャードについての分析を補完する素晴らしいものであり、その分析と同じくらい有名になるだろう。実に広く読まれるに値する。」(ジェイン・ミルトン)

続きは、こちらで行なう予定で、現在参加者募集中です。
http://kodera.or.jp/pdf/2024/a11_kdr_clncl_read2024.pdf

アボット・ブロンスタインによる序言を紹介しておく。
「このB氏の事例では、メラニー・クラインが1930年代半ば、リチャードの事例より15年近く前に、分析家として大人の患者と向き合っていたことが、私たちの文献ではめったに目にしたことのない詳しさで描かれている。私たちは、ただ一つのセッションあるいは一連のセッションさえ調べることを許されているのではなく、クラインの発展そして精神分析そのものの中で発展していく特別な時期の仕事を垣間見ることができる。
私たちはここに、大人の精神分析者としての彼女の遺産のもうひとつの貴重な部分を見ることができる。1936年、彼女がB氏と精神分析に取り組むことができたのはなぜなのか、後に彼女がこのような臨床資料を理解するのに役立つことになる理論的構成の多くを、まだ完全に練り上げる前であったことを考えると、ほとんど驚きを禁じえない。彼女は分析者として、解釈的で、詳細で、一貫している。彼女の頭の中には内的世界が一番にあるが、歴史や患者の実体験も同様である。転移を扱い、転移の中で働くことについての彼女の理解はまだ発展途上である。しかし、彼女が患者と深く関わる方法にとって、それがいかに重要であるかはすでに理解できる。彼女は、患者の不安やパニックや行動の猛攻撃に直面しても、耐え忍び、再調整し、継続する。彼女は、患者が自分の内的世界を深く複雑かつ思慮深く構築し、それを外的世界の中でどのように生きているのか、その連想を追っていく。
彼女がリチャードと何年も後にしたように、私たちは彼女が患者の人生の現実と格闘する姿を見ることを許される。彼女の人間性と優しさ、そして自分の分析の構築の中で仕事をすることへの執着は注目に値する。例えば、彼女はB氏の生い立ちや妹への羨望を知っている。B氏がクライン夫人の診察室を出ようとする別の子供の患者とぶつかって落ち着かないとき、彼女は時間をずらして問題を「解決」しようとする。まだ全体転移の概念を持っていない彼女は、B氏が自分の時間を奪われたことにどう反応するかを描写する。この一連のやりとりは見事なもので、クライン夫人はこの葛藤を外的なものとして捉えていたが、臨床的なやりとりや分析素材に押され、それがいかに本当の意味で内的な無意識の葛藤であったかを知ることになる。クライン夫人は、この内的葛藤は内的世界の中でしか解決できないことを理解するようになった。クリスチーヌ・イングリッシュは、豊かで、現実的で、情熱的な臨床素材とともに、この進展と発達への窓を私たちに提供してくれる。真に立体的で生き生きとしたクライン夫人の姿が浮かび上がってくる。」

セミナーとしては、この一冊のみを読むのではメラニー・クラインに限定され過ぎるので、もう一冊、ドナルド・メルツァーによるスーパーヴィジョンの記録を読むことを予定している。こちらの紹介は、またの機会としたい。



'Patient B 1936' File 2 Date: 15 July-20 November 1936 Reference: PP/KLE/B.64

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