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上京3日前に髪を切ったら、10年間通う店ができた話

上京する3日前に髪を切った。
そのあと頓挫した夢を語る気はないけれど、あの日が同じ美容室に通う決定打になったことは、誰かに聞いてほしい。

・・・

20歳になった冬、東京に行くことに決めた。学校にも行けなかったし、お金もないし、なんか親ともうまくいかないし、アルバイトばっかやりながら、田舎から脱出したかった。幸か不幸か夢はあったから、一生懸命貯めたお金でiPhone3GSを買って、ミクシィで知り合った頼りない伝手で働く口を見つけた。(若いってすごい)

バイトやめて、家決めて。怒涛の勢いで準備は進んだ。当分は忙しく、切り詰めた生活になるのがわかっていたので、美容室へ行くのはギリギリの日程で望むことにした。何度か利用した店だったけれど、変な髪型にしたら東京の人に笑われるのではないか、東京に負けない髪型にしなくちゃと、妄想の中の都会に怯え、向かう電車で流行りの髪型を検索しまくった。ただ、今となっては、どんな髪型にしたか思い出せない。あの日の思い出は、担当してくれたお兄さんとの短い会話だけなのだ。

「私、東京行くことにしたんですよ。めっちゃ不安なんです」

「いいじゃん、福井さんなら大丈夫でしょ」

「そう祈っていてください。ボロボロで帰ってくるかもしれません」

「大丈夫、大丈夫! だって、自分でも大丈夫だって知ってるでしょ」


適当なのか大真面目なのか、わからないくらいのトーンで「弱音をはきたいだけなんでしょう?」という。ふふふと笑いながら、彼は「30歳だからちょっとは、わかるよ」とも。いろんな人からの「頑張れ」と「やめたほうがいい」を何度も聞いたあと、かけられたその一言は、なんだかじんと響いた。

「大丈夫だって知ってるでしょ」

やってやれないことはないって、きっとわかってた。でも、怖い。そんな不安定な気持ちをやさしく捕まえてもらった気がして、うれしかった。鼻の奥で一瞬だけ泣きそうな匂いがした。

そんで実際、大丈夫だった。いや、大丈夫じゃなくなってポッキリ折れてしまってズクズクに腐って、もがいていたら違うところから芽が出て、大丈夫になったりした。こたつから出る時だって、「ああぁ!やだー。寒いし外は地獄だ」って言うけれど、出たら出たで寒いけどなんとかなる。そんな感じだ。ん、違うか。

・・・

ともかく、あの言葉に救われた。先に進むための一歩が怖いときは、たまに取り出しては眺めるくらいお守りになっている言葉なのだ。

そして、東京へ移ったあとは、彼の弟子がいる店に10年間通い続けている。(東京に弟子がいたのだ)隠れた願望や想いを掬い上げるような技術は、弟子に不思議なくらい脈々と受け継がれていて、本当に通いがいがある。今はなんと、弟子の弟子に髪を切ってもらっている。

今の髪型は、アッシュネイビーのショートボブ。
その前は金髪のセミロング、前の前の髪色はピンク色だった。自己肯定感が低いくせに、本当は可愛く、かっこよくなりたい。ほんの少しだけ目立ちたい。そんな私の欲望を泳ぐように走らせた、毎回がお気に入りのヘアスタイルだ。毎回「おまかせでお願いします」からはじまって、胸にひそむ欲望を掘り起こしてくれる。そういえば、あのときみたいに電車で一生懸命髪型を検索したり、東京に負けない!と気を張ることもなくなった。

あの日の彼の年齢に近づいてきた。
でも、まだ誰かにあんな言葉をかけられる余裕はなくて、まだまだ彼らに救われたくて、憧れて、あの美容室に通っている。


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