鐘の歌 シラー / 小栗孝則 訳 (福田洋介・補)

      生者を呼び
      死者を嘆き
      電光を破る

  焼きは充分
  鋳型はできてる
  今日こそ鐘を造るのだ
  みんな気を入れ
  仕事にかかれよ
  しっかり額に汗する程に
  神のご加護があるからには
  仕事はきっとうまくゆく

心を打ち込んでする仕事
それには真面目が必要だ
仕事は注意を大切に守ってやれば
必ず手落ちなくはかどるもの
この弱い人間の力が
鐘を仕上げるのを見ている時
私は色々のことを考える
自分が何を造るのか考えもせずにする人は
人の軽蔑を買わなければならない
人間の価値もそこで決まるのだ
そのために人間には心というものが与えられ
自分の造るすべてのものを
その心で感ずるようになっている

  乾きは十分
  ヒノキの薪とれ
  カッカと穴に
  火を燃やせ
  銅が溶けるぞ
  それ 錫(スズ)入れよ
  教えた通りに
  加減を忘れず

深い鋳坑(ちゅうこう)の中で
火炎の力で仕上げられた鐘は
やがて高い鐘楼の上に
永く後の世まで保存され
多くの人の手で打ち鳴らされ
その音は多くの人の耳に触れてゆく
悲しいことがある時は
その悲しみを共に嘆き
礼拝の時には静かに祈る
人の子が深く地下に沈められる時は
鐘は敬虔(けいけん)の響をこめて
蕭條(しょうじょう)とそこに打鳴らされる

  ぐらぐらたぎるぞ
  白泡飛ぶぞ
  アニカリ雑ぜろよ
  固まり易い
  泡も白々
  よく掻き雑ぜろ!
  金が良ければ
  響も良いのだ

また、可愛い子供が生まれる時は
喜びの響をこめてその子供に
その安らかな門出を祝っている。
しかし、その子供の行末が
黒か、白かは
誰にもわかるものではない
ただ母親の優しい心づかいが
終始その子の美しい幸福の朝を守っているのだ
光陰は矢のように流れ飛び
いつの間にかその男の児は
ままごと仲間の女児から離れ
荒々しく世間へ飛び出して
処々を杖にまかせて駆け回り
やがて、なつかしい我が家へと帰ってくる

もうその時にはこの男の子も
あの蒼空から抜け出たような青春の血潮を輝かせ
自分の前に立つ少女を眺めて
燃えるようにその頬を染めるようになっている
ここに不思議なあこがれが
その若々しい心をとらえる
彼には人との交わりが物憂く(ものうく)
ただ人知れずに涙ぐみ
寂しく悩む日が多くなる。

彼は恥じらうように恋人のあとを追い
ただその瞳にさえ接していれば
そこに限りない幸福を感じ
あるいは野辺に花を摘んで
心ときめかせながら恋人に
その花束を捧げるのだ。
おお美しい初恋の時よ
天に向かっては感謝を捧げ
恋をしている心はひたすらに
天の祝福にむせ返っている。
ああ美しい青春の恋の時こそ
永遠に若々しい緑の色だ。

  パイプは黄色い
  加減は上々
  ためしの棒には
  しるしがあったぞ!
  今が丁度だ!
  それ みな急げ!
  雑ざり具合の
  ためしは確かだ

この瞳をたとえにして言うならば
このやわらかな錫と固い銅
その強いものと弱いものが
しっくりとそこに雑ざり合う時
ひとつの美しい響が生まれる
永遠に心を結び合わせるその時にも
やはりよわく試し合うことが必要だ
誤りやすく、悔いは長い!

こうして花嫁の美しい晴れ着が
めでたい花束で飾られる時
寺院の鐘は晴々と
祝典の喜びを告げている
しかし、この一生の盛典こそ
同時に、青春の終わりとなるのだ
今までのあの美しい迷いも
その婚礼の調度と共に消えていく
花が美しく咲いた後
金の木の実を結ぶように
情熱の去ったその時は
しっかりとした愛情を
互いに結ぶことが必要だ。

ここに男というものは
社会の舞台に乗り出して
懸命に、その知力の限りを尽くし
幸福を得るように勤めれば
その努力の賜は泉のように流れ出で
貴い財宝は倉庫を充たし
家はますます栄えてくるのだ。

そして女は家に居て
その貞淑な主婦となり
子供の賢い母となって
家の中をきりまわし
娘におしえ
息子をただし
あきることなく、熱心に
家と心に締まりをつけて
箪笥の中には香草を
紡錘(つむ)にかけて糸を縒り
その艶々とふき込んだ戸棚の中に
手入れの届いた毛皮や糸をしまい込み
怠らずに、忠実に
働くことが大切なのだ。

さて父親になったその男は楽し気に
遠くに見える自分の蔵を眺め
その豪勢な幸福を
一つ一つと数えてみた
いくつにも積まれた穀物の束
いっぱいに詰まっている穀物の蔵
果実の山と積まれた果物の蔵
そして一面に波打っている麦の穂
彼の口をついて
勝ち誇るような言葉が漏れた
「おお 大地のようにしっかりと
不幸を知らぬ家が立っている!」

しかし幸福は決して永遠と手を携えていないのだ。
不幸はたちまちにやってくる。

  それ 今こそ流し込ろ!
  割れ目に疣(イボ)は上出来だ
  流す合間も忘れるな
  祈りの言葉を忘れるな
  口金外せよ
  神守らせたまえ
  煙が上がるぞ 龍頭に
  真赤に焼けて波打つぞ

この火炎の力というものは
人間が上手にこなしてゆけば
立派な働きを示している
人間はその火炎の力を
新しい創造者のように讃えるけれど
ひとたびその火炎が鎖を断ち切り
きままな道へ歩き出す時
その神聖な力は恐ろしいもの

火こそは放縦な自然の娘
彼女を押し止めず、野育ちのまま
市中を大手を振って歩かせる時
そこには恐ろしい火炎が狂舞する
彼女は人間の手に造られたものを
憎んでいるのだ。

雲の上に恵みの泉があふれ流れて
雨がしとしとに降り注ぎ
やがてその雲の一端に
一閃の光が走る時
轟わたる雷鳴と共に
雨は嵐に変じてゆく
夜空は赤く
血のように色どられ
人々の右往左往と逃げ惑うところに
突如と火柱が叩くように落ちてくる
そこに燃え上がる恐ろしい炎は
風のように
町の軒並みを舐めてゆく。

火煙は天に沖して
空は真赤にただれ
家の梁は焼け落ち
柱は倒れ
窓の壊れ散る混乱の中に
母親は泣き叫ぶ小児を抱えて
狂気のように走り
畜生は怯えるように吠えたてている。
その炎の明かりは真昼のように
逃げ惑う人々を照らし出し
そこに立ち並ぶ人々の手には
手桶が次々と矢のように走り
水は波を書いて注がれている。
たけり立つ嵐は小休みなく
炎をあおり
炎は激しい響を立てて
乾ききった蔵の屋根に燃え移っている
そこに燃え狂う炎の嵐は
家ごと地上からもぐように
その巨人のような恐ろしい力は
高く天上へ駆けてゆく

人々は今は施す術もなく
この恐ろしい力の前にただ茫然と
手をつかね
焼け落ちる棟を眺めている。

しぶとい嵐は
なおも砕けた床を叩き
屋根の落ち、壊れ落ちた窓枠の中には
灰色の恐怖がうずくまっている。
一朝に
墓場と化したこの姿に
今一度、人間がその眼を開く時
人は自ら並んで旅の杖を手にしてゆく
狂暴な火炎が人間から
すべてのものを奪っても
人間にはなお一つの慰めが残っている
人間にはその貴重な愛するものを支払っても
自分の頭だけは取り除くわけにゆかないのだ。

  土は吸い込む
  鋳型に充分流し込め
  上手に出来たその時は
  今の苦労は報われる
  鋳りが悪いと
  鋳型が壊れる
  それでは望みが
  無駄となる

農夫が種をまく時に
その天の恵みの発芽の姿を心に書いてみるように
ここにもひとつの貴い種子が
大地の膝に委ねられ
静かに、希望の心に燃えながら
その優しい土の衣の中に隠されている。
しかしやがてはその殻を破って
その美しい花は咲くだろう。

寺院からは陰々と
悲しい弔いの鐘が鳴っている
その悲しみの響こそ
人生の放浪者の一人を最後の道へと
導いている
ああ それはあの忠実な主婦の弔いであった
あの優しい母親の弔いの鐘であったのだ
地の影に住む真黒なサタンが
彼女を夫の手から奪い去り
その可愛い子供の手から引き離したのだ
その子供こそは
彼女が夫に捧げたただひとつの花
そして彼女は母親としてその胸に
どんなに子供の成長を楽しんだことか!

ああ その家の優しい柱は
永遠に失われてしまったのだ
その家の母は死の国土に導かれ
そこでは忠実に働く所もなく
楽しい気遣いもそこでは無用となっている
そこの孤独な寂しい所には
冷たい見ず知らずの顔のみが寄り合っているのだ。

  鐘が冷たくひえるまで
  辛い仕事もお休みだ
  小鳥が森に遊ぶよう
  みんな気楽にするがいい
  夕星(金星) 空に光るまで
  皆の身体は空いている
  夕べの鐘の鳴る時は
  またぞろ己は心配だ。

道行く人は
夕暮れの寂しい野道の上に
楽しい我が家へと足を早め
一群の羊が苛立たしい声が鳴きながら
道を小走りに過ぎてゆき
津波のように牛の群れは小屋を慕って
騒がしく、次第に遠くなってゆく
重たげに車も傾く麦の山
若い人達は色とりどりの花束をカゴに持って
踊るように道を飛んでゆく
市場も、通りもひっそりと静まり
家の中では人々が暖かいあかりの下に集い寄り
きしむような音を立てて
今 町の門が閉められている

おお 地上は真黒な布に覆われる
その悪党が刀を研ぎすます夜が来ようと
法律の眼が輝く間は
市民は安らかに眠れるのだ。

ここには立派な組織がある
その恵み深い天国の娘は
自由と、安心と、喜びとを誰にも与え
この町の基礎を造ったのだ
彼女は荒々しい未開の野人を
楽しい人間の家へと導き
優しい道義の生活を与えて
その貴い手で祖国への愛情を動かしたのだ。

ここに数千の手は高く挙げられ
勇ましい締結の下にたすけ合い
その火のような情熱に
すべての人の力はひとつに働いて
そこに一人の主を立て
その自由の手に守られて
互いに自分の地位を楽しみ
互いに励み合うようになったのだ
仕事は市民の誇りでもあり
品位は王者の身に仕え
勤勉は名誉を
天福は努力の報いを与えている。

優しい平和と楽しい和合が
この町の上には漂っている
ここの静かな谷間のうちには
あの恐ろしい戦いも暴れ狂うことなく
あの恐ろしい火災の炎に
空が赤くと焼けただれることもない
ここには今 夕映えが
天を美しく彩っている!

  喜べ 楽しめ
  鐘が生まれる
  要らぬ被いを
  打ち壊せ!
  ハンマー振り上げ
  被いを飛ばせ!
  粉と砕けば
  鐘が踊るぞ!

鐘造りの名人は時をはかって
そのすぐれた腕で鋳型を破った

しかし、あの真赤に焼けた溶銅が
炎となって流れる時
もしもこの鋳型を破ったならば
世にも恐ろしいことになる
この家はごう然と飛び散って
地獄の口が開いたように
炎が高く噴き上がる
この盲目な粗暴な力が支配する所では
何も形造ることは出来ない
群衆がわけもなく騒ぐところでは
社会の福祉は生まれない。

ああもしもこの町のふところの中に
こっそりと火種が積まれたならば
人々はただ自分の身のみを考えて
そこには醜い混乱が起こる
反乱の手に綱はつかまえられ
鐘は唸りをあげて打ち鳴らされ
その平和の響をこめた鐘もたちまちに
暴力の声と変ずるのだ
「自由と平等を!」と口々に叫び合い
市民は手に手に武器を携え
街にあふれ、市場を満たし
首絞りの縄を引きずってゆく
肉に飢えた狼のように
女は略奪の快楽に心を満たし
鋭い豹の牙を鳴らし血ぶるいして
敵の心臓を喰いちぎっている
ここに正しいものもなく
優しい羞恥心の心も消えて
善良な人は悪人に席を譲り
罪悪が天地の間にはびこっている
獅子の目覚めるのも恐ろしい
野獣の鋭い牙も恐ろしい
しかし人間の狂気ほど恐ろしいものは
この世にないのだ
その永遠にめしいている(盲目の)人々に
天上の火を与えたものよ
それは彼らを照らすことなく
ただ町と国を灰燼(カイジン)にしている。

  かたじけなや ありがたや
  神の御加護ですらすらと
  なんと立派な出来ではないか
  空に照ってるお日様のよう
  上から下までピカピカだ
  ここの可愛い紋どころ
  鐘を造った功を
  後の世までも遺すのだ。

「さあ、さあ みんなここに来て
列を作って、並んだ、並んだ
これから鐘の洗礼式だ
私はこの鐘を
コンコルディアと名付けたいのだ
この鐘がお互いを
和合の中に結ぶようにな。」

それこそ本当の鐘の使命だ!
そのためにこそこの鐘を
その鐘造りの名工が造り上げたのだ。
やがてこの鐘は空高く
天にはためく稲妻のように
この地上の貧しい生活の中に鳴り響くだろう
その鐘の音の響こそ
輝く星の群のように
花輪で飾る時代を生むのだ

永遠な正しさに身を捧げるこの鐘に
時はたがうことなく、すみやかに
手の指を触れ
また、変わりやすい人生の上に
様々の事件の起こる時
この心もない、感情もない鐘が
それを告げ
その激しく打ち鳴らされた鐘の音が
人々の耳に途絶えた時は
すべてが過ぎて、平和の時が
再び来たことを告げるのだ。

  力を込めて綱を引け
  坑(あな)から外へ引きいだせ!
  響の国へ 空高く
  引け、引け 高く釣れるまで
  この町中の喜びを
  伝えるものはこの鐘だ
  初めて打たれる響こそ
  平和を告げるものであれ!

出典・「シラー詩集」 小栗孝則 訳
(1930年/改造社・刊)
国立国会図書館・蔵
福田洋介 補 (2017.7.22)

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?