兄が冷たい話
前回、とても賛否の分かれる文章を書いてしまったので、今回は、否しか生まれない文章を書こうと思う。
芸人にはいろんなエピソードがあると思うが私は家族に関するエピソードを結構多く持っている。だが、私の家族に関するエピソードは、大半が、おもしろいよりも先に「マジか」が来てしまうものや倫理観を問われるもので、なかなか披露できないしウケる自信がない。私はおもしろいと思うのだけれども。そういったものはこういう自由な場で消化していこうと思う。
正直ここにすら書けないものもいっぱいあるのだが、今日はなかでもライトなものを記しておこうと思う。
私の兄には冷たい血が流れている。
3年前、実家で飼っていた愛犬「こまち」が死んだ。老衰だった。
こまちが危ない、という話を聞いて私は大阪の実家に帰り、しばらく滞在してこまちの看病をした。
私は弱っていくこまちと過ごしながらいろいろなことを思い出した。
中1のとき、いとこの家にたくさん生まれたマルチーズの子犬を、私がおじとおばに騙されて一匹持ち帰ってきたこと。
自転車のカゴに入れて大事に連れて帰って、父と母に見せたら「飼っていいなんか言ってない!騙された!」と笑っていたこと。
それまで犬を飼うことに頑なに反対していた母も、笑いながら「エサとトイレ買わなあかんなぁ」と受け入れて、すぐに家族でコーナンに、小屋やエサ、シートを買い行ったこと。
その車の中で兄が「こまち」と名付けたこと。
母は結局こまちを溺愛し、兄は高校に入って友達から「こまち」というあだ名で呼ばれ親しまれていたこと。
そんなことを思い出しながら、痩せ細ってしまったこまちを見て私は毎日泣いていた。
毎日自転車で病院に連れていき、前カゴの中でおとなしく座っているのを見て、初めて連れて帰ってきた日のことを思い出していた。
ついでに、昔、母の自転車の前カゴからはしゃいで飛び降りようとして、首輪とハンドルにつなげていた散歩ヒモがびよ~んと伸びてバンジージャンプみたいになっていたことも思い出していた。
そしてついにお別れのときがきた。ある夕方、こまちは魂を吐き出すような呼吸をしたあと、ソファーで永遠の眠りについた。
段ボールで簡易的な棺桶を作ってやり、汚れていた毛を綺麗にカットして、目を瞑らせた。
急いで家に帰ってきた母も号泣していた。
ペットの葬儀屋さんに電話をして、お葬式をしてもらうことにした。
その日は母の友人や兄の友人が次々と、こまちの顔を見に来て泣いてくれた。
そして夜、兄も家に来て、夕食を食べた。
「いただきまーす」と箸を取る兄に母が「あんたこまちの顔見たったん?」と言うと、
「まだ。あとで見る」と面倒そうに言う。宿題か。
それから兄はいつも通り、雑談をし始めた。こまちとは一切関係のない話を3テーマくらい終えても一向にこまちの顔を見に行く様子はない。
母が「あんた明日こまちの葬式いけんの?」と聞くと兄は「わからん。仕事あるから」と言うだけだ。
ここで、優しい心を持った人は、きっとこの兄は、自分で名付けた愛犬の死と向き合いたくないんだろうなと受け取るかもしれない。
でもそんな優しい方も、世の中にはこういう人間がいるということを学んで今後の人生に生かしてほしい。そのために私は、兄が放った一言を記そうと思う。
食事の終盤、依然としてこまちに関係のない話を続ける兄に対して母がもう一度聞く。
「ほんであんた明日どうすんの?こまちの葬式いけんの?」
ここで兄は、本当に、「もうあんたいい加減部屋片づけなさい」と言われたときの返しみたいなトーンでこう言った。
「わからんって言うてるやん!!犬焼くだけやろ!」
ええ。
「 犬 焼 く だ け や ろ 」
ええ…。
犬焼く?だけ?
私と母は、なんか、笑ってしまった。
ええ!とか、うせやん?とか、言いながら何度もかみ砕いた。
「犬」「焼く」「だけ」すべての文節が、なんかもう、おもろい。ごめん。
ひどおもろい。酷いとおもろいで、ひどおもろい。
凡人の口から容易に出る言葉ではない。
せめて、犬、と呼ばず、自分で名付けた名前くらいは呼んでやってほしかった。
私の人生で聞いた中でも上位に入るパワーワードだった。
これが兄の冷たさを語る上でもっともわかりやすいエピソードである。
もう遅いかも知れないけど、優しいところもある。
もっとポップなエピソードもある。もう遅いかも知れないけど。
あと、これ私のお兄ちゃんです史上最も予想外の容姿だとも言われている。
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