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治験手術という罠

平日の日中に電話がかかってきた。大昔の元カノから。

数十年来のダチとなっており、夜中に近況などの長電話を時々する。しかし昼間にかかってくるのは珍しい。

「はいー」
「今いい?」
「いいよ」
「ちょっと意見を聞きたいことあるんだけど」
「うん、どうぞ」

という流れで話が始まった。

元カノのお母さんは今80代後半だ。その母のことだった。

80代後半ながら元気でピンピンしており、卓球などしてるくらい元気。しかし高血圧ではある。上が200になったこともあり、数値的には非常にヤバい。あと心臓弁膜症かな。そんな問題はある。

家の近所にかかりつけ医がいるんだけど、大都市のでかい病院に行って検査を受けた。すると、その大病院の医者に治験ちけん手術を勧められたという。

治験ちけんって言葉はどれくらい常識なんだろう? 俺は薬の治験しか知らなかった。

新薬を開発するとき、薬がいったん完成したあと、厚労省の認可を得るために大量の臨床データが必要になる。その臨床データを取るためのバイトが、楽で金がいいと有名なんだよな。要するに新薬の効き目や副作用をチェックするためのモルモットだ。

数日間どこかに閉じ込められて、薬を飲むだけ。あとは好きなことをしてていい。そんな楽なのに金はいい。だから人気あるけど、ヤバいバイトであるという定評もある。医者に聞くと、新薬の治験バイトは絶対やめたほうがいいいと言われるね。

今回のお母さんの話はその手術版だった。新しい手術法なのだという。手術して心臓に人工弁を入れると。アメリカの巨大企業が開発した人工弁なのだと。

今のままだと数年後はヤバいから、その手術をしたほうがいいと。今なら治験なので、最新の手術が無料で受けられる。手術後に1年間は月1の検査義務があるけど、その都度1万円出る。

この話どう思う?と元カノから聞かれた。

俺は即答した。絶対やめたほうがいいね。とりあえず元気なのに、なんで数値だけの判断で、そんなモルモットにならなきゃいけねーんだよ。

元カノは言う。

そうでしょ。そう思うよね?
しかもさ、その大病院は仙台だから、家から片道4時間かかるんだよ。80代後半の老人が毎回往復8時間かけて検査に行くっていうんだよ。いくら元気だって無理あるでしょ。

元カノは大反対なんだけど、家族の中で元カノ以外はみな賛成なのだと。大賛成。家族というのは、お父さんはもう亡くなってて、元カノ、妹1号、妹2号、弟だ。みんな50代かな。全員独身なんだよね。

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