見出し画像

森内俊之神との勝負

王位戦達人枠参戦記としてJBS会報に書いた文章です。2022年10月号所載。バックギャモンの文章は無料にしてるので、これも無料公開に。

不思議な列車に乗って

 4年前、スマホにバックギャモンのアプリを入れた。「バックギャモンクエスト」というやつ。バックギャモンは数十年前、外国旅行中に教わって以来、パソコンに入っていたソフトでやったくらい。それをあらためてやってみようという気になったのだった。

 それから3年半で1万ゲームやった。かなり惰性だった。そのことをツイッターでつぶやいたら、望月正行さんからフェスに来てみないかと誘われた。望月さんの名前は世界チャンピオン経験者として知っていた。そのときギャモン号という不思議な列車に乗ったのだった。

 フェスでは1日だけ参加した初級戦でラッキーにも優勝。そして望月正行さん&横田一稀さんと1ゲームずつプレイしてもらい、いろいろトーク。それが素晴らしかった。そこにはクエストのプレイの中にはない刺激的な世界があった。

 フェスのことをnoteに書き無料公開したら、なぜか大人気だった。自分は麻雀ライターであり、読者の大半は麻雀について読みたい人のはずなのに、ルールも知らないゲームの話が今までの記事の中で一番面白かったという感想まであった。

 その数ヵ月後、王位戦に達人枠なるものが新設され、そこに麻雀代表として参加させていただけるという。自分に麻雀業界を代表する実力があるとは思えないけど、麻雀の人たちにギャモンを宣伝してねという意図だろう。

 何が嬉しかったかって、将棋代表の森内俊之さんと対戦する可能性があることだった。森内さんの名前にどれくらいインパクトあるかは、世代が違う人にはわかってもらえないんじゃないか。

 中学生時代、初めてあこがれた職業は将棋棋士だった。今でもこの世で一番頭がいい人たちではないかと尊敬している。将棋に関しては20代以降はほぼ“ 観る将” なのだが、羽生森内世代には登場時から注目していた。それ以前の世代による将棋は人生経験で勝負するゲームであるという世界観が、盤上は人生とは関係なく将棋の技術だけの勝負であると考える羽生森内世代に敗れ去っていく様子をリアルタイムにずっと見てきた。その移り変わりに大きく影響を受け、麻雀の世界で同じパラダイムシフトを意識的に進めてきたのが自分なのだ。

 あまり熱心な観る将ではないのだが、アベマトーナメントをたまに見ると、森内さんの強さに惚れ惚れした。なんというバランス良さなのか。これは惚れるだろ。

 森内さんの最大の趣味がバックギャモンで、モナコまで行き、世界4位になったことも知っていた。その森内さんと対戦できるとしたら、これは広瀬すずさんとおデートできる1万倍は嬉しい。

 組み合わせが発表されたら、な、なんと初戦の相手が森内さんだった。組み合わせを決めるサイコロは来住野香子さんが振ったそうだが、ギャモン号は俺をどこに連れていこうというのか。ギャモン人生を考えるなら俺は日本一の果報者だ。

一寸の虫にも五分の作戦

 森内さんと対戦するにあたって、意識したことがいくつかあった。まず上級者の土俵で戦うこと。これまでやっていたアプリの世界は初中級者のセオリーが支配していた。何が違うかといったら、自陣の敵を積極的にヒットしていくかだ。初中級の世界ではリスクを恐れてヒットしない。上級の世界ではリスクを取ってヒットしていき、力技でプライムを作ろうとする。

 強者の対局動画を見ていて、将棋の中終盤に感覚が似ていると思った。相手を追い込んでいき自由にしないんだよな。

 なぜかアプリでは積極的なヒットスタイルで勝っている人をほとんど見ないため、自分もヒットスタイルでプレイしたことはないのだが、消極的なランニングスタイルで戦うようでは、せっかくの場の意味がない。技術差があっても勝負は別物であり対等なものだから、それを単純な初級と上級のパラダイム勝負にしてはいけない。

 もうひとつ意識したこと、それはダブルは積極的に受けるけど、こちらからはよほどじゃない限りダブルは避けようということ。序中盤の有利は陽炎のようなもので、簡単にひっくり返る。リダブルの権利を相手には持たせたくない。相手は永世名人であり世界4位なんだから、どう見てもこちらが有利な場面でリダブルしてきて、魔術のようにサイの目をあやつり、一撃4Pを奪っていくんじゃないか。将棋棋士という一発勝負のプロに一撃必殺のチャンスを与えるのは危険すぎる。今思うと完全に間違った方針なのだが、そんな風に決めていた。

神との遭遇

 対局の場所は赤坂の道場だった。じつは赤坂の道場の存在を知らず、赤坂と言われて、四谷のねこまど将棋教室のことだろうと思っていた。ギャモン業界では赤坂と四谷の区別なんてないんだろう。

 当日、ねこまどの入口がよくわからず、近所の人に聞いてようやくたどり着いたら閉まっている。あれ? あわてて検索したら、それとは別に赤坂の道場というものがあるらしい。ギャモン業界でも赤坂は赤坂らしかった。あわててタクシーを飛ばして道場に到着。5分程度の遅刻ですんだ。遅刻した時間は対局の持ち時間から引きます的なことを言われるかと思ったけど、そんな感じでもなかった。ギャモンの世界はかなりフランクらしい。

 初めて会う森内神はのっそりしていた。完全に普段着。和服とまでは思わなかったけど、対局のプロは対局の場ではネクタイなのかと思っていた。立会人の望月さんなんて近所に買い物に来たみたいな半ズボン姿だった。自分もたいした服装ではなかったし、フランクな世界であることは助かる。

 先ほど、棋士のことを一発勝負のプロと書いた。それは間違いないのだが、こちらも同様に一発勝負のプロなんだわ。大きな舞台で一発勝負であるほど、ふだんの実力以上を出せる。

 若いころは一発勝負で勝ったことがなかった。勝負とは負けるもの。メンタル勝負になったら勝てない。そう思っていた。そして、自分には才能がなかったと麻雀の打ち手として生きることに見切りをつけ、就職して出版の世界に入った。

 なのに、40代になってライターとして名が知られるようになってから、いろんな対局に呼ばれるようになった。それがなぜか勝てる。大舞台ほど勝った。娘の学費を作るため、出版の仕事を増やすのではなく、賭け麻雀で稼ぎ出してやるという志を立て、金持ちたちとの戦いに明け暮れた数年間が大きかったのか、いつの間にかメンタルが最大の武器と言われるようになっていた。

 この勝負、勝てるとは思わなかったが、負けるにしても堂々と勝負して負けよう。たとえ実力はネズミであっても、堂々と虎として戦おう。バックギャモンというPRの数値がすべてを支配する世界に、そんなアナログな心構えで望んだ。

 初めて使うチェスクロック。リアルギャモンはフェス以来の二度目。そんな状況で森内神との対局は始まった。

対局が始まった

1戦目 ポジション1
福地誠: 白 0-0 黒: 森内俊之(5Pマッチ)

 1戦目。ポジション1で黒の森内神の出した目が46。この日の森内神を象徴するようなひどい目だ。1でも2でも3でもヒットできる10をヒットできない。5をヒットするのも具合が悪い。やむなく森内神の選択は13/7 12/8。

ポジション2
福地誠: 白 0-0 黒: 森内俊之(5Pマッチ)

 ポジション2はポジション1直後のこちらの手番。この局面は相当有利に思えたので、これはさすがにダブルしようか迷った。XGによるとダブルしたときの勝率は66%で、そのとき思ったより低かった。ここで数秒迷ってから、森内神の神通力を警戒してダブルせず。

ポジション3
福地誠: 白 0-0 黒: 森内俊之(5Pマッチ)

ポジション3で勝利がほぼ当確になってからダブル。森内神は当然パス。XGによるとギャモン勝ちの確率が12%あったので、そちらを狙うべきだった。1万ゲームやったアプリはダブルに意味がないため、キューブはからっきしなんだよな。というかキューブの技術って抽象的で難しくないですか?

2戦目 ポジション4
福地誠: 白 1-0 黒: 森内俊之(5Pマッチ)

 そして2戦目。ポジション4で13/7 6/5。こんな怖い手はふだん指したことがない。これが本当に得なのかよくわからないのだが、強者ならきっとこうするだろうという頭の中の強者像の指し手として選んだ。YouTubeで強者の対局動画をある程度見たおかげだ。これはXGによると最善手だったようでホッとする。この日はこんな感じの背伸びした指し手が多かった。

ポジション5
福地誠: 白 1-0 黒: 森内俊之(5Pマッチ)

 鬼のような66を出したあと、ポジション5でリダブル。森内神は当然のパス。これは続行していたらギャモン勝ちの確率が34%もあった。ギャモン勝ちしたら4Pで、その時点で終了だったじゃないか。これはものすごくもったいない。負けていたらこれが敗因になっていたところだ。

 3 戦目は森内神にダブルされストレートに負け。これで福地3-2 森内となった。そして4戦目が大熱戦となった。

4 戦目 ポジション6
福地誠: 白 3-2 黒: 森内俊之(5Pマッチ)

 65%負けているところから5ゾロで五分に戻したまでは良かったが、ポジション6で振った21で頭がパニックになった。配信してくださったいぺさんは一目で13/10を指摘していたので、強者ならそれがパッと浮かぶらしい。

 だが、脳内にある仮想強者像は、ビシビシとヒットしていくという感覚を示してくれるだけで、細かい局面での指し手まで教えてくれるわけではない。どうすればいいのか皆目見当がつかなかった。迷ったら攻めるしかないか。ここで選んだ3/1 8/7はこの日の最悪手となった。観戦していた横田さんから対局終了後、この手が一番危なかったと指摘された。そして森内神が次に出したのが52で、この手が即とがめられた。

ポジション7
福地誠: 白 3-2 黒: 森内俊之(5Pマッチ)

 数手進んでポジション7。ここで出した31がまたも難しい目だった。3でエンターして、残り1の目でブロットが2個できる。あるいは自陣が崩れる。

 先ほどのポジション6では頭がパニックになったのに、ここではなぜかBar/22 17/16 を正解できた。しかもほぼノータイム。なぜスパッと選べたのか、ヘボの脳内というのは他人どころか自分でもよくわからない。この手は対局後に横田さんからいい手だったとほめられた。

ポジション8
福地誠: 白 3-2 黒: 森内俊之(5Pマッチ)

 ポジション8はその次の手番で森内神が54を出したところ。なんという悲惨な目なのか。森内神は苦渋の決断で20/11を選ぶ。次の手番でこちらは11をヒット。以降はまっすぐ勝ち切った。

 ポジション6~ 8の3局面とその出目に、この日の戦いが集約されていたように思える。

 こうして森内神と対局できるだけでも天からの贈り物としか思えないのに、さらに勝ってしまうというアンドロメダ星雲からの豪華プレゼントを受け取る結果となったのだった。

盤上だけの世界

 森内神の戦い方は純粋に盤上だけだった。チェスクロックを最初にこちらが押さなければいけない状況で、それがわからず放置していると、森内神は黙ってこちらのぶんも押してくれた。麻雀業界の作法なら、チェスクロックの使い方をネチネチと説明して、マウントを取り少しでも有利になろうとするところだ。こちらもそういうのには慣れているから、その程度ではびくともしない。麻雀で戦うとはそういうことだ。

 とある金持ちは、麻雀の場に紙バッグに無造作に入れた一千万の塊(レンガと呼ばれる)を3つ持ってきたことがあった。その場では素直に感心して写真まで撮ってしまったのだが、あとからヤ〇ザが使う手口だったと気づいた。家に無造作に大金を転がしておき、来訪者に見せると、すごい人だと思われやすい。そんなテクニックがある。

 この日、森内神の態度に将棋棋士の世界は清流だなーと感じた。清流というときれいなようだが、小細工で戦う方法がないわけで、シビアな世界だということでもある。盤上だけの勝負では経験値が活かせない。口で陣地を築かずに勝ち続けようってすげーわ。もしかすると、棋士の世界は村社会だから逆に好人物になることが必勝法だったりするんだろうか?

大川戦に当たって

 森内神に勝ったことで、次の大川英輝さんとの戦いに進むことになった。人は勝った戦いのことはエンドレスに語り、負けた戦いのことは手短に済ますもの。第2戦については短くなることをお許しいただきたい。

 大川戦はメンタル的にあまりよくなかった。試合に際して身体的にもメンタル的にも整えたつもりだったが、勝とう!という意識よりも正着打を選ぼう!という意識になってしまい、その結果、積極性が足りない選択が多くなってしまった。

 こういうのは麻雀でもよくある。正解を選ぼう!みたいな意識はよくないんだよな。下手でいいから、勝つために自分が一番いいと思う手を選ぼうと思った方がいい。この昭和的な考え方が、エラーレートがすべてを支配するバックギャモンの世界にも通用するかは、今後の自分のギャモン人生で示されることになるだろう。

1戦目

 最初から苦しくて、消極的な選択がますます良くない結果になったりしてどうにもならず。ダブルされたところで即パス。

2戦目

 じっと耐える展開から、勝負所がきたにも関わらず競り合い負け。どうにもならず。ダブルされたところで即パス。

3 戦目 ポジション9
福地誠: 黒 0-2 白: 大川英輝(5Pマッチ)

 福地0-2大川とリードされた第3戦。リードされているのもあるけど、陣形が大差なのでポジション9でダブルした。自信の選択だったけど、このダブルはXGにはブランダーとされた。そうなのかな?

ポジション10
福地誠: 黒 0-2 白: 大川英輝(5Pマッチ)

 ポジション9から激しく撃ち合ってポジション10となった。ここで選んだ11/5がXG に大ブランダーとされた。ここは8/2が正解らしい。配信のいぺさんも8/2推しだった。こういう攻撃起点が1ヵ所しかない地点から撃っていくのは思いつきもしない。これは経験不足であり実力不足でもあって、今の自分には無理な手だ。

ポジション11
福地誠: 黒 0-2 白: 大川英輝(5Pマッチ)

 激しく撃ち合っている中、ポジション11で20/9が見えなかったのが痛恨のミス。こういうときのために持ち時間があるのに、本当にもったいない。森内戦で持ち時間が足りなくなってしまった恐怖を引きずってしまったのだろうか。ここで選んだ24/13はXG様からひどいブランダーだと一蹴された。

ポジション12
福地誠: 黒 0-2 白: 大川英輝(5Pマッチ)

 その後、形勢は一気に大川さんに傾き、ポジション12となったところで大川さんからダブルがきた。

 対局終了直後、大川さんはこれをミスだったと語っていた。すでに2-0と有利になっているところで、こんなダブルを撃つと、すぐリダブルされ、この局にすべてを賭ける大勝負となってしまう可能性がある。相手が弱腰だと思っていたらダブルもありだけど、達人枠というのはみな何かのゲームのプロだから、こういう見下ろしダブルは通じない。直前まで止めようと決めていたのに、うっかりダブルしてしまったのだという。

 これをテイクできなかったのは麻雀のプロとして本当に情けない。これまた目先の正着を選ぼうという意識になってしまっていた。

 この対局の前日、同じ達人枠でオセロの阿部由羅さんvsどうぶつしょうぎ藤田麻衣子さん戦があった。その中で、阿部さんが62-83と大量リードしている局面でダブルすると、藤田さんはそれをテイク。そして逆転勝ちした。じつは藤田さんはパスするつもりでクリミスによってテイクしてしまったという。

 その動画を直前に見ていたというのに、俺はいったい何を見ていたのか。こっちの方がはるかに条件がいいじゃないか。初老になると、学びの効率が低すぎてまいる。

 こんな弱腰パスを見せていると、この人は本当に麻雀のプロなのか?と言われてしまいそう。いや、麻雀の世界ではデジタル派と呼ばれる派閥で、アナログな勝負術は小馬鹿にする側なので……と言っても、勝負の場で一千万円の塊を見せるのが麻雀(キリッなどとさんざん語ってきて、今さら説得力ないですね。

 このノーテイク&リダブルせずはXG様に大テイクブランダー&ダブルエラーとされた。お前が他のゲームのプロだなんて認めねーよって話ですね。ここで降りたため0-4となって、次戦はクロフォード。

4戦目

 相変わらずやや弱腰の姿勢でプレイし、勝負所の競り合いで敗れ、そのまま負け。

 こうして大川戦は0-5とストレート負けを喫した。ギャラクシー様のレベル判定がビギナーだったことが追い打ちをかけてくれた。なんとビギナーですか。1万ゲームもやったアプリの世界では大古ダヌキの域に達しているというのに、ギャラクシーに来るとビギナーだもんなあ。ガチ勢の世界は厳しいわ。こうして達人枠の勝負は終わった。

ギャモンは地獄だ

 さて、この原稿依頼では、すでに書いた内容以外にも、①自分の専門ゲームとバックギャモンの違い(それぞれの魅力)、②麻雀ファンの反応などについても書いてほしいとのことだった。①は話がでかすぎる。今後、何かしらの形で折にふれて書いていくはず。とはいえ何も書かないのは申し訳ないので箇条書きで簡単に。

・バックギャモンは地獄。麻雀は天国。
・その理由は、バックギャモンはAI様という神が君臨し、正解が見えてきているゲームだから。
・今のバックギャモンの姿は10年後の麻雀の姿。麻雀も10年後には地獄になる。
・バックギャモンの普及は難しい。正解がある世界では、一部のマニアは熱心に探究し、一般大衆は棲みつかない。正解があると人間ドラマが生まれないから。

 などを思う。すいません。まずネガティブなことから考え始めてしまう性格で。

 麻雀ファンからの反応はいろいろあった。数十年前の雀荘友だちであり留年仲間だった医者に、森内戦の動画のアドレスをショートメールで送った。彼は大学将棋部だった人なので、森内神のすごさは十二分にわかるはず。すると「おおおおおおお、すげーな」と返信がきた。「元王位で現日本選手権者に勝つってすごくねーか。ルールわからないけど最後まで見た。すげー熱戦だった気がする」と。そんな反応は他にも何件かあった。異種格闘技戦的な空気感があると勝負は面白いよね。

 はてさてギャモン号は次にどんな場に連れていってくれるのか。バックギャモンの世界は地獄だと思いながらも、個人的にはめっちゃ面白い。


この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?